黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【51】



 そうして、三日間に渡った騎士団内の競技会は無事終了した。

 結果としては魔法ありの剣部門の優勝者だけがエフィロットで、魔法なしの剣と馬上槍の優勝者はセイネリアとなった。エフィロットは負傷による治療のため表彰式に出る事はなく、実質表彰式はセイネリアのために行われたようなモノだった。騎士団の上の者達からすれば不本意に違いない結果であったろうが、客は最後まで大いに盛り上がって終わった。

 ただ一応、エフィロットは一部門は優勝を取り、他も勝負で負けた訳ではないから名にも傷が付かず彼の名誉は保たれたと言える。となれば父親であるガルシェ卿の機嫌を損ねる事もなかった訳で、怪我がなければとうまく持ち上げておけばそこそこ機嫌を取る事も可能な筈だった。つまり上の連中からすれば甚だ不本意ではあっても悪い結果だったという程ではない、というところだ。
 なにせ別に『負かしてはいけない相手を負かした』訳ではないのだから、少なくともセイネリアに対してケチをつける理由はない。ただ競技会で凶悪とも言える派手な勝ち方をしたせいで、他の団員達からは避けられて、すれ違っても皆目を合わせようとしない――と、カリンはセイネリアからの伝言を伝えると共に競技会の話を終えた。

 それに現ナスロウ卿――ザラッツは楽しそうに笑った。

「流石ですね、とにかく今回は優勝おめでとうございます、と伝えておいてください」
「はい。ご協力感謝いたします」
「いえ、こちらも恩がありますから、これくらいの協力で良ければいつでも頼ってください」

 そう言ってすぐ、ザラッツはレンファンの方を向いた。

「具体的な試合内容の方は帰ってからじっくりレンファンから聞かせてもらいますよ。どうせディエナ……も聞きたがるでしょうからね」
「はい、それはお任せください」

 レンファンが得意げに返事をすると同時に、そこでまた全員の笑い声が部屋を満たす。彼らがいるのはワラントの配下にあった酒場で、その中でももとから交渉用に使っていた部屋であるから誰かに聞かれる心配も見られる心配もなかった。レンファンも身分に関係なくザラッツの隣に座って、言葉遣いも皆内輪用だ。
 だから気兼ねなく笑って、外に出せない話も出来る。ただ、そこから他愛もないやりとりを少し交わした後、暫くしてから思い出したようにザラッツが真剣に聞いてきた。

「とはいえ貴女の役目の方ですが……大丈夫だったのですか? その……エーレン嬢についてガルシェ家の方から何か尋ねられた場合、こちらでどう対応しておけばいいかあの男から指示があったのではないでしょうか?」

 心配そうな彼に、カリンはにこりと笑って返す。

「大丈夫です、おそらくはエフィロットがグローディ家の方にエーレン嬢について聞いてくる事はないと思いますから」
「そうなのですか?」
「はい、エーレン嬢はもうすぐ結婚する事になっていますので」
「結婚……ですか?」

 ザラッツが目を丸くする。カリンが笑えば、こらえ切れないというようにレンファンもまたクスクスと笑い出した。

「はい、エフィロットにはお見舞いと感謝の手紙を書いて渡しておきました。まぁ早い話が、エーレン嬢はもうすぐ親の決めた相手と結婚する事になっていて、そのため最後にある程度の自由を許してもらって競技会を見にきていたという設定です」
「設定……ですか」
「はい」

 結婚相手は悪い方ではないがかなり年上の貴族で、自分の家は貴族と言ってもかなり下の方だから断れない。今まで箱入り娘として大事にされて恋もしたことない自分にとっては貴方への想いは一生の宝物になる、ありがとうございました、一生忘れません――という内容を綴っておけば、あの根性なしのエフィロットでは諦めるしかないだろう。

 なにせあれでもエフィロットはそれなりに地位ある貴族の息子だから、結婚相手となれば親の政治的な思惑を無視して田舎の下位貴族の娘を選ぶのは難しい。エフィロットがもしガルシェ家の跡取りでもっと傲慢な性格であれば無理矢理愛人としてエーレン嬢を奪う事も考えたかもしれないが、今の彼の立場と性格ではどこかの貴族と結婚する前提の娘に手をだすなんて出来はしない。競技会だけの話なら許されてもまだ未練があるなんて親に言える訳がないからガルシェ卿に頼んで調べる事もないだろう。
 あとはせいぜいとびきり優秀な妄想力を生かして、ロマンチックな感傷に浸るのがいいところだ。

 ただ勿論、これでもうエーレン嬢の名はヘタに使わない方がいいとはカリンも思っているが。





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