黒 の 主 〜騎士団の章・一〜 【35】 魔法ありの剣の決勝が始まり、選手を紹介する口上が始まったところでセイネリアは会場から出た。さすがにここまできて決勝を見ない人間はまずいないため、会場の外は警備担当の者以外の姿は殆ど見えない。 その様子を見てセイネリアは控室のある方へと行ってみる。そうすればそれがある建物前にステバンが立っていて、彼はセイネリアを見るとまだ距離があるうちに手招きをして建物とは違う方向へと歩いて行った。おあつらえ向きに周囲に人はいない。セイネリアはステバンを追った。第二厩舎の裏手に入っていく彼に続けば、そこで彼は立ち止まってこちらを向いた。 「あんたとは初めまして、だな」 セイネリアが少し茶化すように声を掛ければ、いかにも真面目そうな男は重い表情で言って来た。 「あぁ、始めまして……だ」 まぁその表情だけで何の話かは大体分かる。可哀想そう、なんて言葉を掛けてやりたいくらい思いつめた表情をしている男はなかなか言い出せないのか唇をかみしめている。だからセイネリアの方から聞いてやる。 「エフィロット・クォール・ソン・ガルシェを優勝させろ、という話か?」 ステバンがはっとしたように顔を上げた。 「やはりそちらにも……話が来ている、のか?」 「いや、俺は言われていない」 「そうか……」 ステバンは考える。だがすぐに思い切るように顔を上げてセイネリアをじっと見た。 「セイネリア・クロッセス、君は強い……俺よりも。だが俺に勝った後決勝で当たるその人物には勝ってはいけない」 「上からの命令か?」 「俺にとっては……そんなところだ」 「そうか、なら俺には関係ないな」 そう返せばステバンは驚いてこちらを見る。 「君はっ、何故勝ってはいけないか分からないのか?」 セイネリアは顔に笑みを作って言ってやる。 「勿論分かっている。上の連中がガルシェ卿にごまをすりたいんだろ? そのためにその息子を優勝させたい。あんた達はそう言われてわざと負けなくてはならない」 「分かっているなら……何故だ?」 「俺はあの手の調子に乗った馬鹿が嫌いなんだ」 「……は?」 楽しそうに話すセイネリアに困惑した顔で聞いていたステバンだったが、流石にその理由を聞いて表情から呆けたように力が抜けた。 ――本気で真っ当な騎士様だな。真面目で融通がきかないタイプの。 騎士団という組織に所属し、いかにも真面目一辺倒できた人間には理解出来ない事だろう。彼は暫く呆けていたが、急に表情を顰めるとこちらに向かって怒ってきた。 「好き嫌いで済む問題ではないっ。上の意図を無視して勝てば、どんな制裁を受けるか分からないんだぞ。君はそれでも優勝したいのか?」 「いや、正直こんなところでの優勝なぞどうでもいい」 そこでまた真面目な騎士様は困惑と驚きで目を見開いたまま黙った。 「俺は試合を楽しみたい。騎士団の強い連中と戦って楽しめるのなら勝敗などどうでもいいくらいだ。だから、まともに勝負せずわざと負けるなんてのはお断りだ」 今度もまた呆然とした様子のステバンだったが、表情は少し違った。怒りよりもくやしさをにじませた顔は彼もまた本来ならば勝負を楽しみたかったという気持ちがあるからだろう。 ステバンは下を向いて掌を強く握りしめると、呟くように言ってくる。 「だが、もし勝てば……」 そこで言いかけた言葉をセイネリアが遮った。 「あんたには負けるようにお達しがあって俺には何もきていないのは、俺が勝つことでごますりが失敗するのを望む連中か、お偉いさんの怒りを買って俺が制裁を受けるのを望む連中がいるからだろうな。まぁ両方か」 セイネリアは笑う、今度は喉を鳴らしていかにも楽しそうに。ステバンは理解出来ないというように頭を振ったが、大きくため息をつくと顔を上げてこちらを伺うようにじっと見てくる。 「そこまで分かっていて何故だ。本気で上の怒りを買えば、嫌がらせを受ける程度ではすまない。わざと命の危険があるようなところへ飛ばされる事も……」 そこまで笑っていたセイネリアは、そこで顔から笑みを消す。 じっとステバンの目を見据え、わざと平坦な声で聞く。 「ではこちらも聞く、何故あんたは俺にそんな事を言いにきた? 俺への親切心かもしれないが、こちらとしては興ざめだ。今回、一番戦うのを楽しみにしていた相手から既に負けるつもりでの話をされたんだからな。あんたは前回の優勝者だろ、それで戦う前から負けを認めるのか? 俺は正直あんたに失望した」 --------------------------------------------- |