黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【34】



 競技会三日目。今日はどの競技も準決勝と決勝だけが行われる。試合数も少ないため一つの会場だけを使用し、更には一試合の時間を多く取って選手のコールにはここまでの対戦成績が読み上げられたり団内での経歴が紹介されたりするらしい。
 そしてまた今日の客席では、三日目特有の光景が見られるようになる。

「どちらが勝つかしら」

 屋根付きの貴賓席でハリアット夫人の隣に座っているセイネリアは、彼女に聞かれて口を開いた。

「エフィロット様でしょう」
「あら、まるで決まっているかのように断定するのね」

 くすくすと含みのある笑い方をする女は、エフィロットが勝つ理由を分かっていて聞いているのだろう。現状この女にとってセイネリアは強さ自慢のペットのようなものだ。こちらが困るだろう質問をわざとしてくるのはただ反応を楽しむためである。

 競技会二日目の夜会で貴族の女に選ばれた者は、三日目にはその女の席で共に観戦をする……というのが恒例の光景らしい。だからセイネリアは今、ハリアット夫人の席で魔法ありの剣の試合を観戦していた。
 正直なところ茶番でしかないエフィロットの試合など見る気はしないが、試合時以外は彼女の傍にいないと彼女に恥をかかせる事になる。二人でいる時は彼女を呼び捨てにするのも許されているが、人前では自分の立場をわきまえ、彼女の騎士らしく振る舞う事が求められていた。

 客席を見渡せば、貴族女の席には大抵出場した連中が誰かついていた。勝ち残っている者は当然として、負けた者でも見栄えがしそうな連中は女に選ばれているようだ。競技会は貴族女の愛人斡旋イベントだったのかと呆れたくなるが、まぁ立派な騎士として女性のエスコートも出来なくてはならない――なんていう建前的な理由づけがなされているため、例え夫がいる女であってもこの日は堂々とお気に入りをはべらかしていいらしい。

「青、ゾネット・ダクダカンは負傷のため試合続行不可能と判断し、勝者は赤、エフィロット・クォール・ソン・ガルシェ」

 歓声と共に拍手が起こる。ただしそれは多分に事務的な空気を含んでいたが。まったく茶番でしかない――相手のゾネットは確かに倒れたがあれで試合続行不可能な怪我をした筈がなかった。ヘタな演技を続けるよりさっさと終わらせようというのが分かりやすすぎた。

 ただ、次の試合に入る前、各サイドの選手名を読み上げるところで審判役や役員らしき者達が集まって何かを話し合い出した。理由自体は見てすぐ分かる、青サイドの選手が入場してきていないのだ。暫くすればその事情が発表される。

「次の試合、青ソーライ・ウェゼブルは昨日の試合による負傷のため、今日の試合は辞退するとの連絡がありました。よって勝者は赤、パーミル・エリザとなります」

 観客からは不満そうな声が上がる。それはそうだ、この部門にはステバンが今回出ていないためソーライが優勝候補であったのだから。
 ただセイネリアとしてはそれを聞いた時、意図が分かり過ぎて吹き出さないようにするのに気をつけなければならなかった。

「昨日の試合というと貴方との試合かしらね」
「おそらく」

 ハリアット夫人がくすくすと笑いながらこちらに伺うような視線を投げてくる。

「あの騎士様が怪我なんて、相当すごい力で吹き飛ばされたのかしらね」
「どうでしょう。落ちどころが悪かったか、神官の術が遅れたのかもしれません」

 セイネリアは特に感情も見せずに淡々と答えた。夫人は更に楽しそうに笑う。

 とりあえず、ソーライが本気で試合を辞退する程の怪我をしていたとは思えない。ただ確かに、昨夜の夜会で彼の姿は見かけなかった。おそらく彼はここで勝って決勝でエフィロットにわざと負けるより、昨日の試合で負傷をしたことにして辞退したほうが気分的にマシだと思ったのだろう。

――いよいよ貴族共のよこやりが入り出したか。

 まったく馬鹿馬鹿しいと思いながらも、セイネリアは同じように客席の女の傍にいるステバンへと目を向けた。だが先ほどまでいた筈の場所に彼の姿は見えなかった。

「では夫人、そろそろ私は試合の準備があるため行ってまいります」
「あら、随分早くないかしら? 決勝は見なくていいの?」
「流石に次は強敵ですから少々体を解しておきたいのです。……それに、優勝者は決まっておりますので」

 言えば彼女はまた扇子で口元を隠しながら喉を揺らして笑う。
 それからすぐにこちらに意味ありげな視線を投げると、現状仮の主とも言える女は艶やかに笑って手を前に出した。セイネリアはその手の甲にキスをする。

「私の騎士様、ご武運を」
「必ず貴女に勝利を捧げましょう」

 女の唇が皮肉気に歪んだのをみて、セイネリアは頭を下げてその場を去った。




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