黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【33】



 騎士団内競技会の二日目の夜は招待貴族達を歓迎する夜会が開かれるという。
 基本的には貴族達のための会であるから、いくら競技会で勝ち抜いた者であってさえ平民出の騎士には参加資格はない。ただし二日目の時点で残った参加者たちは、大抵はどこかの貴族夫人や令嬢が目をつけて自分のエスコート役を頼む事で参加するのが通例となっているらしい。
 セイネリアの控室に届けられたのはダナエ・アルウェイ・ハリアット夫人からの手紙で、彼女から今夜のエスコート役に指名したいという内容だった。

――成程、だから貴賓席の女達がやけに熱心に見ていた訳だ。

 自分のお気に入りを見つけて夜会で連れ歩くため、となればそれはそれは熱心に参加者の選定をしていたのだろうと理解出来る。ちなみにバルドーの話だとエスコートを頼む相手が重なった場合は家の力がより強い方が優先となるそうで、自分より上の家の使者がいた場合は諦める事なっているそうだ。
 ただ彼は、セイネリアにきた手紙の名を見てこうも言った。

『ハリアット夫人か……こりゃ相当評価されたのは確実だがまた面倒なのに気にいられたな。いいか、夜会のエスコート役をするのはいいが、あまりこの人に深入りするな。あくまで競技会中限定でのエスコート役だけしかするなよ』

 その理由は……恐らくこちらの思っている事で間違いないだろう。だがセイネリアはその忠告の意味を分かっている上でそれに従う気はなかった。

「ふふ……貴方があまりにも強いから少し貴方の事を調べてしまったわ」

 ハリアット夫人は扇子で口元を隠しながら優雅に笑って思わせぶりに視線をこちらに向けた。
 彼女自身が貴族位を持っている訳ではないが、彼女の父親であるハリアット卿は現在宮廷内で重職についている。そしてハリアット卿には息子がおらず彼女が長女だ。つまり彼女か彼女の夫、もしくはその子が次期ハリアット卿という事になる。参加している貴族達の中でもハリアット家の地位は高いから、こうして夜会ではバルコニーのある休憩用の個室がわざわざあてがわれていた。

「冒険者としての実績は凄いのね。皆が口を揃えて化け物と言っていたとか」
「腰抜け共が言っているだけだ」
「貴方からすれば皆腰抜け扱いかしら」
「そうだな、少なくとも騎士団には腰抜けしかいない」
「そうねぇ……自信がある男は好きよ、でもね……」

 外を見ていた女がこちらに寄り掛かってくる。強請るように頭を胸にすりつけてきて、それからこちらの顔を見上げてくる。少し潤んだ瞳で見上げてくるその仕草は、あまりにも商売女と同じ計算高さで笑いそうになる。

「本当に貴方が腰抜けじゃないか、見せてもらいたいものね……」

 しなを作って上目遣いでこちらを見る、それから薄く目を瞑れば彼女がどうして欲しいのかセイネリアには分かっていた。







 貴族の馬鹿息子にありがちないかにもナルシストな男は、こちらを見る時はやけに同じ角度から見てくる。カリンはそれに笑わないようにするのに少しだけ苦労した。

「飲み物を取ってきましょうか?」
「あの……私、お酒は飲めなくて」
「分かっております、お任せください」

 優雅、なつもりだろう恭しくお辞儀をして、エフィロットは飲み物を取りに向かった。カリンは周囲を見渡して、参加者達の顔と組み合わせを覚えていく。
 エーレン・スハ・ラッセル・ローグルというのは、以前やはり貴族のパーティに潜入にするためにグローディ卿がくれた偽名だった。
 田舎暮らしでパーティ慣れしていない……という設定は都合が良いから今回もそのまま使わせてもらった。いかにも場に慣れない様子で遠慮がちに受け答えをしていれば、妄想力だけは優秀な貴族の馬鹿息子は勝手に都合よく解釈してくれる。少しこわごわとしていれば、いくら下心があっても強引にどこかへ連れ込もうとは出来はしない。

「貴女のために果物を絞らせました。リンゴはお好きですか?」

 精いっぱい恰好をつけてグラスを差し出してきたから、カリンは満面の笑みを浮かべて彼を見上げながらそれを受け取った。

「わざわざ私のために? 有難うございます、エフィロット様」
「いいえ、その程度礼を言われる程ではありません。何かあればなんでも私に言ってください」
「まぁ、エフィロット様はお強いだけではなくお優しいのですね」

 我ながら馬鹿馬鹿しくはなるがこの手の役も初めてではない分、冷静に仕事をこなす自信はある。こういう席での貴族男というのは表面上は紳士に見せかける必要があるから少なくとも人前では強引な手は使えない。薬を使うような慣れた連中もいるそうだがカリンがそんなものに引っかかる事はない。
 この男の場合は貴族としてはあまりこの手の席は慣れていないらしく、女性相手のやりとりも上手くはなく扱い易かった。唯一心配事と言えば本気になられ過ぎてあとあとこちらの調査をされるくらいだが……そこもちゃんと考えてはある。

「あぁこの曲は……エーレン嬢、よろしければ私と踊りませんか?」
「はい、喜んで」

 カリンは笑顔でエフィロットの手に手を乗せる。
 この男は先ほどから曲が変わる度に妙にそわそわしていた。おそらく……自分が踊れる曲が流れるのを待っていたのだと思われた。貴族騎士としてはマトモな腕というだけあって、貴族の割りにはあまりパーティー等には出ず元から剣術や狩りなどが性に合うタイプの男だったのだろう。だからダンスもあまり得意ではなく、踊れそうな曲がかかるまで言い出せなかったという訳だ。
 カリンも得意ではないが一応は踊れる。多少のたどたどしさは『エーレン嬢』の設定からして不審には思われない筈だった。

 けれどやはり踊り出せば……主と踊った時の事を思い出してしまうのは仕方ない。そしてまた、主の方がこの男よりは上手かったと比較してしまうのも仕方なかった。




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