黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【26】



 女が言っていたステバンの他の優勝候補、その中で『面白い』と付け加えた名にファンレーン・リフ・バレッテン・ネクステがいた。だがその彼女の試合をまだセイネリアは見れていなかった。なにせ彼女も守備隊所属であるから一回戦は出ていないし、二回戦はセイネリアの次の試合で決着が早くついて戻った時には終わっていたからだ。とはいえ彼女の相手の雑魚さ加減を事前に知っていたセイネリアとしてはそれは予想出来た事であるから、最初からそこで彼女を見れるとは思っていなかった。
 どうせ準々決勝で彼女はステバンと当たる事になる。あの女が言っていた通り強いかは別としても『勝つのが大変』というのが本当ならば、あっさり勝負がついてまったく試合が見れない、という事にはならないだろう。

 そう予想した通り、セイネリアが会場に戻った時にはまだ二人の試合は続いていた。

「ポイント3、青」

 観客からわっと声が上がる。青はステバンだ。
 審判役の方を見れば、その右側に青い旗1つと白い旗が3つが立ててあって、左側には白い旗が1つ立ててあった。これはステバンが既に1本目をとっている状態で二本目はステバンが3ポイント、ファンレーンが1ポイント取っているという事だ。

――ステバンから1ポイントでも取っているなら確かに出来るんだろうな。

 ポイントがついただけの場合は試合は止めずにそのまま続行であるから、ステバンとファンレーンの試合は続いていた。基本的にはポイントを取った後ならステバンが有利な状況である筈だが、そうとも言い切れない面白い状況になっていた。
 ちなみにステバンの武器は両手剣、そしてファンレーンの武器は片手剣と柄が大きく作られた防御用の短剣だから、基本的にファンレーンはステバンの剣を真っ向から受け止めはしない。剣の軌道を逸らして避けるのが主になる。

――勝つのは難しい、か。成程な。

 現在、基本的に攻撃をしているのはステバンの方だった。ファンレーンは防戦一方に見えるから、素人目だと単にステバンが押しているように見える。だがよく見ればファンレーンは最小限の動きで全ての攻撃を受け流していて、ステバンの方が圧倒的に運動量が多くなっている。ステバンにあからさまな疲れは見えないが、この状態を続ければ続ける程彼の方が不利にはなる。

 そこで人々の声が上がった。ずっと受けているだけだったファンレーンが攻撃をしたからだ。ステバンが伸ばした剣を左手の短剣で受け流した後、避けながら前に踏み込んで右手の剣を伸ばす。ステバンの体は勢いを殺し切れず前に出てしまっていたから、普通なら避けられないところだ。ただそこは彼も巧いところで、無理矢理体を捻って避けると同時に彼女の足をひっかけた。おかげで体勢を崩してよろけたステバンだったが、ファンレーンも足を避けて一旦飛びのいたことで隙を突かれることはなかった。
 ただステバンは警戒して一度後ろに下がって彼女から距離を取り、今度は逆にファンレーンが前に出る。
 けれど彼女はそこで一気に攻勢に出る訳でもない。一応軽く相手の様子をうかがうように剣を出しはするが、本気でポイントを取りに行ってはいなかった。どちらかというと剣を出す事で隙を見せて、向うに攻撃を仕掛けてくるように誘っているという感じだ。そうして、ステバンが攻撃を仕掛ければそれを受け流して下がりつつ、少し大振りだと見ればカウンターを狙う。これは確かに厄介だ、とセイネリアは苦笑する。

 相手を圧倒して勝つのは難しいが、簡単に負ける事はない――その意味がよく分かった。例え実力的には上の相手であっても、負けないで持ちこたえるだけならかなり粘れるという戦い方だ。

「どうだ、彼女の戦い方は面白いだろう」

 特徴的な声はそれだけですぐに誰か分かる。ただ声以上にその存在は目立つ訳だが。
 こちらに近づいてきた戦士らしいガタイのよい男はソーライで、単純明快な男というイメージそのまま、やたらと楽しそうにやってくると試合に目を向けたままこちらの横に立った。

「そうだな、確かに面白い」

 そう返してセイネリアも目はすぐ試合の方に戻す。
 様子からしてこの男も意識は試合観戦の方に向いていて、やたらと話しかけてきてこちらの観戦の邪魔をする気はなさそうだった。それなら特に傍に居られても問題はない、多少でも守備隊同士として知っている彼らの事を何か話してくれるなら儲けものだ。

 そして恐らくステバンとファンレーンも、同じ守備隊同士であるから相手の戦闘スタイルは最初から互いに承知している筈だった。分かっていても戦いづらそうなステバンの様子からして、ファンレーンは相当に巧いのだろう。

「自分の弱点を知っているからこそ、それを補う戦いに特化している、らしい」

 唐突にソーライが呟きのように言ってくる。
 それはつまり、女である分腕力や体力で適わないからこその戦い方という事だろう。

「意地になって男と同じ事をしようとするより頭がいいな」

 セイネリアが返せば、ふん、と大きく息を吐き出しながらソーライは腕を組んだ。

「あぁ、彼女は大したものだ、見ての通りあのステバンでさえ彼女相手だと手こずる」
「相性もあるだろう、彼女にとってはステバンよりあんたの方が嫌な相手だ」

 言えば、試合を見ていた男がこちらを見て暫く黙る。
 セイネリアの目は試合に向いたままだった。

「……そうだ、彼女は俺は苦手だと言っていた。よく分かったな」
「受け流されても強引に力で持っていける相手は嫌だろうよ」

 それでソーライはまた試合に目を向けた。

「その通りだ」




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