黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【25】



「すみません、もう大丈夫です」

 それに向うの返事は返ってこなかったが、気配で笑ったのが分かる。クォーデンも口角を上げた。
 この男は強い、それは間違いない。けれどもこれは試合である、強い者との戦いならば全力を出して楽しむべきだ。この恐怖こそも楽しむくらいでないとただの臆病者である。

「はぁっ」

 今度はこちらから仕掛ける。地面を蹴って盾越しに相手を見ながら剣を引き攻撃に備える。盾は防御において圧倒的なアドバンテージをくれるが、視界を隠すという弱点もある。だから隠れる分の相手の動きは予想するしかない。盾の上から見える相手の剣を振り上げた動作、体の向き、剣の向き、視線、それらから相手の剣の軌道を予想し盾で受ける。盾の面積の分、それは正確でなくても構わない。
 盾で相手の武器を受けたまま押し込んで接近し、こちらの攻撃を当てる。片手剣の基本はそうなる……が。
 盾を持つ腕に衝撃がくるのは想定内だが、その衝撃の強さは想定外だった。
 面で受けられる有利があるのに叩いてきた剣を止められない、押しこめない。……こちらは突っ込んだ分の勢いがあるのにだ。
 だからクォーデンは足を止めるしかなかった。盾を持つ左腕に力を入れて、防御に専念するしかなかった。
 一度目の衝撃をどうにか受け止めても、すぐに相手はまた盾を叩いてくる。一撃一撃が重い。防御に徹すれば向うの思うツボだと分かっているのに、腕に掛かる衝撃が強すぎて剣が引かれたタイミングですぐ攻勢に転じる事も出来ない。
 ミシ、と盾が鳴る。
 小さな音はその次の一撃を受けた時にはもっとはっきり聞こえた。

――盾が。

 ……もたない、とそう思った次の一撃で盾の左半分が吹っ飛んだ。それでもそれは分かっていた事であるから次の動作は決めてある。尚も叩きにくる相手の剣を盾で受け止める。当然そこで次はない程完全に壊れるが、向うも盾で勢いを殺されなかったせいで剣が止められず振り切る事になる。両手剣ならそれは大きな隙だ。クォーデンは自分の剣を振り上げて突っ込んだ。
 けれど背の高い男の体が急に視線の先から消える。
 それは相手がしゃがんだせいだと気づいた時には、その体がそのままクォーデンに迫ってぶつかっていた。

「がぁっ」

 戦士として大きく強靭な体での体当たりはその重量こそが攻撃力になる。足が浮く、息が詰まる、衝撃に一瞬意識が飛びそうになる。
 見えるのはまた、空。
 口の中に血の味を感じながら次にクォーデンを襲ったのは、背から地面に叩きつけられる衝撃だった。






 クォーデンの体が一度宙に上がり地面に落ちる。
 その後、倒れたままピクリとも動かない状況に辺りは沈黙する。審判役が一時中断の旗を上げて兵と神官達が彼の傍に集まっていけば、周囲に不穏なざわめきが広がっていく。それでもクォーデンが兵達に支えられて起き上がれば、安堵の空気と共に拍手が上がった。
 そして、彼が退場すれば、改めて審判役が声を上げる。

「赤、クォーデン・ラグラファン・エデは負傷のため、戦闘続行不可能と判断して、勝者は青、セイネリア・クロッセス」

 おぉ、という驚きの声がまず起こり、そこからすぐに熱狂的な歓声と拍手の音が膨れ上がる。セイネリアは観客に手を軽く上げてから、更に一礼だけして退場口へ向かった。

「ポイントゼロで勝利とはおもしろいっ。いや本当に俺も対戦したかった」

 ソーライがはしゃぐように大きな拍手をしながら言って、ステバンは苦笑する。

「お前が魔法なしの方にエントリーしなかったのが悪い」
「どうせ出るなら魔法ありの方が全力勝負でおもしろいだろうがっ。……しかし、今となっては失敗だとは思ってる。俺なら彼とぶつかりあってもふっとばされない自信はあるのだがな……」
「それならいっそ魔法どころか剣もなしの素手勝負でいいんじゃないか?」
「ふむ、確かにそれはそれで面白そうではある」

 真顔で頷く彼を見ればステバンも呆れる。
 とはいえ、小細工なしで力と力、ついでに言えば派手な勝利が好きなソーライにとっては、確かに対戦したくて体が疼くような展開だろうと気持ちは分かる。

「とりあえず今回は、馬上槍だけで我慢しておくか」
「そうしておけ」

 馬上槍は今日は準々決勝だけが行われる。そこでソーライはセイネリアと対戦する事になっていた。その戦いの勝者と、もしステバンが今日勝てたなら明日の準決勝で当たる事になる。ついでに言うなら魔法なしの剣の部でも、ステバンは次の試合に勝てば明日はセイネリアと戦う事になるのだが……。
 その先を考えて、ステバンはソーライに気づかれないように重い息を吐いた。



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