黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【22】



 騎士団内競技会は勿論内輪の力比べではあるのだが、参加者にとってはただ自分の強さを確かめるだけのものではなかった。見に来ている多くの貴族達へのアピールの場でもあるのだ。ここで目立った力を見せておけば、高位貴族に個人的に気に入られて取り立てて貰えるかもしれない。特に平民出の者は騎士団にいても出世は望めないから、ここで認められてどこかの貴族にいい条件で雇ってもらいたいと思っている者も多い。だから出場者達は必死にその力をアピールする訳だが……目立つというのは何もいい事ばかりではない、という事をあの男は分かっているという事なのだろう。

「とにかく、馬上槍の方は圧倒的でしたよ、相手が弱すぎたのもありますが」

 言って来たのはクォーデンで、それを聞けば昨日の試合を見れなかった事をステバンは少し後悔する。

「貴殿は昨日も全試合を見ていたのか?」
「全部ではありませんが彼の試合は見ました。どう見ても要注意人物ですからね」
「相変わらずマメな事だな」
「貴方が大雑把過ぎるだけですよ」
「事前に相手を知り過ぎていてもつまらんだろう」

 ソーライとクォーデンは性格がかなり違うから言い合いになるのはいつもの事だ。ただ少なくともあの男の話をするなら、今回はクォーデンに聞いた方がいいなとステバンは思う。

「ポイント5、勝者、赤、セイネリア・クロッセス」

 最後のポイントを取って審判役が試合を止める。二人はすぐさま剣を下ろして礼を交わし、周囲には拍手と歓声が沸き起こる。結局サーラは1ポイントも取る事は出来ずセイネリアのストレート勝ちではあるのだが、試合内容が地味なポイント勝負だったのもあってギャラリーの受けはそこまでよくなかった。守備隊の者が予備隊の者に負けたという番狂わせであっても、セイネリアの名前がそれなりに知られているため期待程おもしろい勝負にならず肩透かしをくらっているのもあるのだろう、けれど。

――怖いな。

 正直にステバンはそう思う。実力を抑えて地味にポイントだけで勝つのは、派手に相手をふっとばして勝つよりも難しい。そこまで抑えても自分の思い通りに出来るだけの実力差があると言う事だ。負けたサーラも当然弱くはない、守備隊の若手では1、2位を争うだけの腕がある。それがこのありさまでは……少なくともステバンでさえ『勝てる』と自信を持って言える相手ではない。

「さて……そろそろ出番だ、準備してくる」

 ステバンが言えば、他の者達が返事をして手を軽く上げた。
 同じようにこちらも手を上げて返して、ステバンはその場を離れた。
 ステバンの試合はこれから始まる試合の次の試合となる、いつもならもっと早く準備と体の調整をしに行くところだが、今回はセイネリアという男の試合を見るためにぎりぎりまでここにいた。
 そして、それだけの意味はあったと彼は思った。






――どうにか間に合ったか。

 一旦控室に行って会場に戻ってきたセイネリアは、丁度ステバンの名が呼ばれるのを聞いてそう思う。二日目以降は競技会らしく入場から退場まできちんとコールされるから、試合が終わると一度控室に戻らなくてはならなかった。
 ちなみに一日目と二日目は試合数が多いから試合は2か所で同時に行われている。セイネリアのいるブロックは前評判の高い者が多く出るから明らかに客が多かった。もう一つのブロックは例の貴族のボンボンが出る方で、わざと強敵がいないから『試合』自体を楽しみたい人間は足を向けない。まぁそれでも、ボンボンの父親に媚びたいような連中がどうにかするだろうからそれなりに客は入っているだろう。

――確かに、いい腕だな。

 構えも、反応も明らかに雑魚共とは違う。ただ一番面白いのは彼もわざと力をセーブしている事で、相手にポイントを取らせるような事もなかったが圧倒的な強さを見せつけるような戦い方もしていなかった。地道にポイントを積み重ねてストレートで相手を下す。セイネリアと同じことをしている訳だ。
 しかも……。

「ポイント5、勝者、青、ステバン・クロー・ズィード」

 観客の歓声に応えて手を振っていた彼は、こちらを見て明らかに手を止めた。そこでセイネリアが観客達と同じように拍手をすれば、彼は軽くこちらに会釈をして見せた。兜の下だから顔は見えないが、こちらを見ていたのは確定だろう。

――向うにも意識はされているらしいな。

 こちらを下に見る事なく、強敵として認識してくれているということか。ならば腕だけではなく性格の方もちゃんとした騎士様だと思っていい――そう考えれば実際に剣を合わせるのが楽しみではあるものの、彼と当たるならば準決勝、つまりこのブロックの決勝になる。なら多分……いらぬ横やりが入るのだろうなと、それはほぼ確定した予想だった。



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