黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【21】



 サーラは前日説明の時に挨拶をしてきた人物というのもあって、正面に立った途端に軽く会釈をしてしてきた。セイネリアもそれに返せば、審判役が構えるように声を上げた。
 流石に守備隊所属というだけあって構えはきちんと訓練しているもののそれで隙や油断は見えない。ただ本気でやらないと勝てない程の相手ではないのも確かで、セイネリアは普通に剣を頭の横に構えた。

「はじめっ」

 開始の声はあがるがどちらもすぐには動かない。向うはかなり警戒しているようでこちらが出るのを待っているようだった。となれば先に仕掛けるしかない。セイネリアが踏み込んで剣を伸ばせばそれは相手に受けられた。当然、今のは相手に受けさせるための攻撃だ。だからすぐに剣を戻せば今度は向うが剣を伸ばしてきてセイネリアが受けた。互いにまだ本気をださない、ただのけん制、様子見だ。
 だがセイネリアは次の攻撃で受けられたあと即、斬り返して刀身同士の絡みを外し相手の腕の装備に当てた、これで1ポイント先取となる。

 剣の試合もただの手合わせや決闘のように必ず勝負がつくまで行う訳ではなく、ルールにのとって勝敗が決められる事になっていた。勿論、基本的にはどちらかが降参を宣言するか戦闘続行不可能で勝敗が決まる事にはなっているが、勝負がつくまで延々やらせる訳にもいかないし、負けを認めない者同士がムキになって死傷者が出るような事態にする訳にもいかない。だから武器を相手の体に当てた場合ポイントが加算されるようになっていて、相手が負けを認めなくても先に5ポイントとれば勝ちになる。勿論剣や盾で防がれた場合は加算されない。一回戦はどれも一本勝負だから5ポイントとれば即終了だが、二回戦以降は先に二本取った方が勝ちで、つまりポイントだけでなら10ポイント取れれば勝ちが決まる。

 現状、目立たずに勝つだけでいいセイネリアとしてはこのルールは都合が良かった。ただ明らかに手を抜いているように見えたりヘタな演出をやり過ぎると相手から反感を買うのは分かっている。だから相手にポイントをわざとやるような事はしない、本気を出すまでもなく完勝というカタチなら向うも怒りようがないからだ。

「はぁっ」

 気合いを入れて相手が突いてきた剣を避け、しゃがんで相手の足を引っかける。軽くだから向うも倒れはしなかったが体勢は崩れる。一回戦の相手は弱すぎてそのまま尻もちをついたからこの相手はちゃんと鍛えているのが分かる。
 出来た隙の間に胸当てに剣を当てれば2ポンイント目がセイネリアに入った。







 騎士団の英雄ナスロウ卿――今ではその名を知らぬ者も増えたが、知っている者の間ではその名を聞いた時の反応は大きく二分される。つまり、英雄として憧れと尊敬の瞳を向ける者と、厄介者をさげすむような表情をする者だ。
 前者は実戦部隊の連中や騎士団に夢を持って入ってくる者、後者は現状の騎士団を作り上げている者――上層部のお偉方と決まっていた。

 3ポイント目の旗が上がって観客席からは拍手が上がる。

「ふむ、見かけの割りには地味な勝ち方だな」

 ソーライが独り言としては大きすぎる声言ってきて、ステバン・クロー・ズィードは苦笑した。
 現在行われている剣の試合は守備隊のサーラ・デリアードとセイネリア・クロッセスで、セイネリアが既に5ポイント取って一本目を取り、二本目も3ポイント取っているから勝敗はもう決まっていると言ってもいい。

「全然本気ではないのでしょう。どうみても余裕がある」

 そう言ってきたのはクォーデンで、慎重派の彼らしい分析だとステバンは思った。

「確かに余裕があるな、流石と言ったところだ」

 ステバンがそう返せばソーライが、そうかな、と不満そうに言いながら腕を組む。彼はいつでも全力だから、わざと力をセーブして最小限の力で勝つというようなやり方は理解できないのだろう。

「どんな男だった? 俺も会っておければ良かったんだが」
「受け答えはまぁ……礼儀正しくとはいいませんが、礼を欠くという程でもなく割合普通でした。ただ若いのに落ち着きすぎていて何か得体のしれない不気味さを感じましたね」
「……成程」

 遠目で見ているだけでもそれはなんとなく理解出来て、ステバンは背筋にぞわりとしたものを感じた。
 前回優勝者という事もあって事前打ち合わせの後に少々呼び付けられ、ステバンはクォーデン達のようにセイネリアに会う事が出来なかった。あのナスロウ卿の従者だったという事であるから実力を疑ってはいなかったが、戦い方を見れば思っていた人物像とは違っていた。やはり噂話だけで人を判断してはいけないと思うところだ。

 おそらく、こちらが思っている以上に彼は強い。

 噂だけだとソーライと似ているタイプでもっと自分の強さをアピールしてくるだろうと思っていたのだが、それとは逆でどちらかというと狡猾なタイプと思われた。




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