黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【20】



 セイネリアが着替えに戻れば、予想通り待ち構えていたかのようにウェイズが話しかけてきた。彼の方も勝ったのは見ていたから、互いに明日の試合に駒を進めた事になる。

「見ましたよ、素晴らしい試合でした。エレッジ隊長に見せたかったです。本当に、ウチに来てくださったならあっという間に騎兵隊のエースになれそうなのに」
「買い被りだ、運が良かったのもあるさ」
「ご謙遜を、ぶつかった時のぶれなさは恐ろしい程でした」
「向うの槍が当たらなかったからな」
「当たらなかったのは貴方が向うより早く槍を突いたからでしょう。すごいのはそれで掛かる衝撃を完全に腕だけで受け止めきって体がまったく動かなかった事です。異常な安定ぶりでしたよ、あれでは向うの槍が当たっていても落ちなかったでしょう」

――こいつがいたのは少し計算外だったな。

 騎乗槍についてはこの国で最高レベルの連中を普段から見ているだけあって、ウェイズはよく見えている。彼にここまで言われれば周りの連中もセイネリアを警戒するようになるだろう。
 ただセイネリアとしてもこの競技は慣れていないのもあって、上手い手の抜き方というのが分からなかったという失敗があった。一回戦の雑魚相手など、剣ならいくら手を抜いていても勝つのくらい簡単だが、こちらの場合は手を抜いても勝てる加減が分からなかった。だから結局、本気でやるしかなかったのだが……彼が居なければそこまで注目もされなかったろうに、これは予定を少し修正する事になるかもしれない。

――流石に今日のウチに手を回してくる連中はいないと思うが。

 それでもクォーデンのように事前に情報収集をするような者なら、明日の試合の時には見にくるのだろうなと思って……実際、翌日の試合はその通りになった。





 騎士団内競技会二日目。競技会は当然トーナメント方式、つまり勝ち抜き戦ではあるのだが、一日目の段階では対戦表には二日目以降から出る者の名が入っていなかった。二日目になってやっと表の空きが埋められたが、これはどう見ても一回戦の結果を見て対戦相手を決めるためにやっていると見ていいだろう。一応理由としては、注目選手が誰と対戦するか分からない方が盛り上がるだろうという演出という事らしいが。

――こういう場所で公平なんてあるとは思ってはいないが、あからさますぎるな。
 
 貴族の子息が勝ち抜けるよう、人気ある者が残るよう、そして厄介そうな者がさっさと負けるように最初から組み合わせを操作する気満々という事だ。
 それを裏付けるかのようにセイネリアの対戦相手はあの女に聞いた有力者達と当たるようになっていた。逆に例のガルシェ卿の息子は聞いた事もない連中とばかり当たるようになっていて、セイネリアが当たるとすれば決勝だ。それは馬上槍でも剣でも変わらなくて、なんというかここまであからさまだと馬鹿馬鹿しすぎて笑うくらいだ。

――まぁ馬鹿なのは分かっていたが。

 誤魔化さずにここまで堂々と不公平な対戦表を作ってそれがまかり通っているところからして、上の連中の脳みその腐り具合は相当だ。宮廷貴族連中の方がまだ、表面上は取り繕うだけの知恵があるだけ考える頭があると言える。……まぁ、ここで高位貴族に媚びようなんて馬鹿は、貴族の中でも落ちこぼれ扱いではあるのだろうが。

 とはいえ、セイネリアは別にこの対戦表自体に文句がある訳ではなかった。
 強い者と当たるように操作してくれたのにはむしろ礼を言いたいくらいで、勝っていけば優勝候補と悉く当たる事になるなんて楽しみ以外の何者でもない。
 なにせ、負ける気はないが、セイネリアは別に優勝をしたいと思っている訳でもない。勝ち負けよりも楽しめるかどうかの方が重要だった。

 一日目は予選のようなもの……というのもあってまばらだった観客席だが、二日目は最初から大入りで人々の声の音量は前日の比ではなかった。競技の行われる順序は昨日と同じ、剣の魔法あり、魔法なし、馬上槍で、セイネリアの出番は剣の魔法なしからである。

「青、サーラ・デリアード。赤、セイネリア・クロッセス」

 守備隊の者であるのもあって、サーラの名が呼ばれれば観客席から一際大きな歓声が上がる。セイネリアの名にも歓声は上がったが、こちらは名が呼ばれた時の事務的な反応というところで歓声に人々の熱は篭っていない。

――今はその方が好都合だ。



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