黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【23】



 どの競技も最終日である三日目には決勝と準決勝だけが行われる。だから二日目に行われるのは準々決勝までなのだが、出場者が違うのもあって試合数は競技によって違いが出る。
 剣の魔法ありとなしでは出場者数があまり変わらないのもあって、二日目は二回戦と準々決勝が行われる事になっていた。だが出場者の少ない馬上槍では今日は準々決勝のみが行われる。つまり、今日のセイネリアの試合は順調に勝てれば剣が2試合、槍が1試合という事になる。

――さて、そろそろ上の連中を慌てさせてやるか。

 セイネリアの次の対戦相手はクォーデン・ラグラファン・エデ。彼は前回この部門での準優勝者でずっとセイネリアの試合を見ていた。相手を観察して対策を立ててくるタイプだが……セイネリアが本来どういう戦い方をするかは競技会のここまでの試合では分かっていない筈だった。ずっと手を抜いているのは流石に気付いただろうが、本来の戦闘スタイルも、こちらの力も想像でしか測れていないに違いない。
 それでも腕のいい人物であるから、経験からの予想である程度は対応出来るだろう。だが相手が経験した範囲に収まっていない人間の場合、経験による予想は逆に負ける原因になるものだ。

「よぉ、次は流石に本気出すのか?」

 控室には先にバルドーが来ていて、セイネリアを見るなりそう言ってきた。

「何故いる、次は槍じゃないぞ」
「いいだろ、なんなら装備の点検くらいはやってやる」
「必要ない。自分でやったほうが安心出来る」
「少しくらい頼ればいいだろ」
「頼る程あんたをまだ信頼してない」

 バルドーはそれで顔を顰めると、見せつけるように大げさな溜息を付いた。

「ったく、本当は俺程度、警戒するまでもないと思ってるんだろ、お前は」
「あぁ」

 セイネリアは即答する。バルドーは更に顔を思い切り顰めた。

「……本気で俺の事どうでもいいと思ってるって訳か」
「まぁな。どうでもいいのにそっちから近づいてくるからわざと気を許していないのもある。近づきたい理由があるならはっきり言った方がいいぞ」

 言えばバルドーは唇をひくつかせてから、溜息と共に顔を手で覆った。

「そっけないのはわざとだったって訳かよ。……ったく、分かったよ。まず、そこまで明確な目的がある訳じゃない、お前が何をするのか、どういう人間なのかに興味があるくらいだ」

 それは恐らく嘘ではない、それ以上を考える程この男は頭が良い訳でもない。ただし感覚的にはそれだけではないのも知っている。

「それで、状況によっては騎士団の腐りっぷりがマシになるきっかけに出来ないかと考えてる訳だな」

 今度はバルドーは嫌そうに顔を顰めるでもなく、誤魔化しの笑みをつくるでもなく、真顔で考え込みながら答えた。

「そこまで考えてた……訳でもないが、まったく考えてなかったと言えば嘘かもな。ともかく俺はお前みたいな人間を見た事がない。実力も思考も想定外過ぎてお前って人間が理解できない。通常の人間なら無理な事でも出来そうな底知れなさがあって……だからこそ何をするのか気になるんだよ」

 確かにそれはこの男の本音だろう。大体は予想通りだからやはりどうでもいいのだが……まぁ、隊の人間の中では一番『見込みはある』と言えるかもしれない。自嘲の笑みさえ浮かべて顔を下に向けている男に、セイネリアは声を掛けた。

「本気を出すかはまだ分からないが、今度はちゃんと戦ってやる。見てる客共が喜ぶような試合にはなるだろうな」
「……は?」

 間抜け面で顔を上げた男に、セイネリアは笑う。

「さっき聞いてきたろ、次は本気を出すのかと。だから答えてやったんだ。ボケっと突っ立ってるなら装備の点検を手伝ってくれ」
「……お、おぅ」

 驚きながらも急いでこちらの後ろに回った男は、暫くしてから声を出して笑い出した。



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