黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【11】



「成果を上げたかどうかの基準はお前が勝手に決めていいぞ。新しい情報をとってきたでも、人間関係的にいい繋がりを作ってきたでも、皆が便利だと思う提案をしてきたでも、とにかく組織にとってプラスになる事をしたらならその度にちょっとした褒美をくれてやれ」
「いいのですか?」
「あぁ、最初の内はくだらない事でも一応成果があれば気前よく褒美を出していい」
「最初の内……ですか?」

 カリンが不思議そうに聞いてくるから、セイネリアはいかにも含みがありそうな笑みで答えてやる。

「そう、最初の内はだ。だが褒美目当てで毎回大した事でもないのを主張してくるようなら注意して以後は出すな。ロクでもない成果ばかりでもたまに大きい成果を上げられる奴なら褒美を出し続けていい」

 カリンは少し考えて、それから尋ねてくる。

「でもそれでは……不公平感が出るのではありませんか?」

 その疑問を返してくるあたりはカリンもちゃんと考えていると思うところだ。やはり彼女は優秀だと、セイネリアは満足げに笑ってやる。

「そうしていれば、最終的には本気で能力が高いか向上心のあるやつしか褒美を貰い続けるようにはならない。そういう奴らは自然と周囲から認められるから大丈夫だろ。ただしそいつらを優遇しすぎてはだめだ。報酬はあくまで成果に見合ったレベルまで、それと特別成果のない者へも成果を急かす事はせず、役目を果たし続けていればそれを成果として認めて褒美をやる。とにかく『居心地の良い場所』にしておいてやれば人間多少の不満は気にしなくなるものだ。それに追い出されたくないから大きな問題を起こさなくもなる」

 カリンは真剣に聞いている。セイネリアはそこで酒を一口飲んでから彼女を見て笑う。

「……お前にバレないように、表裏の顔を使いわけて組織の害になるような事を出来る者はいないだろうしな」

 それにはカリンは少し頬を染めて、はい、と小さい声で嬉しそうに答えた。

「組織というのは別に全員が積極的にやる気にならなくてもいいんだ、基本やるべき事が出来ていればいい。ただ合わない事をやらせれば出来ないのは仕方ないし、出来る者をやらなくてもいい場所におけばその人間の能力が腐る。そこはお前が見て、その人間にふさわしい仕事を与えてやれ」
「はい」

 カリンが力強く答えて、セイネリアはグラスの中身を呷る。

「俺の見たところでは、お前はそれが出来る人間だ」

 言ってグラスを置けば、カリンは嬉しそうに笑ってから答えた。

「人を見る目には自信があります。ずっとボスを見てきましたから」

 そうか、と呟いてセイネリアがカリンの髪を撫でてやれば、彼女は少しためらいがちに目を閉じた。







 どうやら思った以上に自分は現状の騎士団という組織に苛立ってはいたらしい――と休み明けで帰ってきた騎士団でセイネリアは思った。
 いつも通り日陰でだらけている連中はこれでも騎士の称号持ちで冒険者に戻れば皆から一目置かれる存在だ。金やら別の手段で試験の許可証を手に入れた者はいるだろうが、大半は腕に自信があって上を目指した者である筈である。

――まさに、出来る人間を何もしなくていい場所に置いて能力を腐らせてる例だな。

 ただこれは騎士団という組織からみてわざとである可能性も高い。騎士団の上にいる連中はここを組織として発展させる気はなく、現状維持だけが出来ればいいのだろう。やる気がある人間など必要ないという事だ。

――それでやる気のある人間を地方に飛ばしてそっちは精鋭ぞろいになる代わり、本部は腐りまくる訳か。

 地方といっても危険な現場組の話ではあるが……だからこそ、どうにか蛮族を撃退出来ているという事情もある。
 まぁ、名声を得過ぎて逆に本部に戻されて飼い殺しにされたナスロウのジジイのようなパターンもあるが。

 基本的にはセイネリアは自分に関わりのない他人がどうなろうとどうでも良かった。見込みのある連中なら勿体ないと思って多少の発破をかけてやってもいいが、自ら腐ってる連中をどうこうしてやるような気はない……のだが。

 この組織はあまりにも気持ち悪過ぎて、その状況を作っている連中を少しばかり踊らせてやりたくなる。ついでに腐ってる連中を強制的にけしかけたらどうなるかも見てやろうとも。

 そんな事を考えていたあたりで、きっかけとしては使える出来事が起こった。
 正式にナスロウ卿を名乗る事になったザラッツが、城に来た後、セイネリアに会いに騎士団へやってきたのだ。



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