黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【10】



 最初から時間の問題だろうと大して気にしなかったが、さすがにその後は例の嫌がらせ連中は何もしてこなくなった。
 正直セイネリアとしては少々つまらないと思うところではある。なにせ騎士にまでなった連中であるのだから、自分のプライドに懸けてこちらを陥れてやろうなんて思うくらいの奴がいてもいいだろうと思うのだ。だがそんなくだらない事をする連中は所詮日和るような根性なししかいなかったという事だろう。
 せめて反省して謝ってくるようならもう少し見直してやったんだが……それならあの連中は名前さえ聞く必要もないなとセイネリアは結論付けた。

 ただ嫌がらせをしてくる連中がいなくなったのもあって以後は特に問題もなく、隊の連中は相変わらずテキトウにやって、セイネリアは誰にも邪魔される事なく一人で鍛錬をし、時折雑用仕事が隊に来た時だけは付き合う、という日々が続いた。とはいえいくら問題がなくなったとはいっても、これで義務の3年を大人しくここで過ごす気がある訳はなかった。

 そもそも義務として騎士団に所属しなくてはならない条件は『騎士として一定の財力があるとみなされない場合』であって装備や財力を見せられれば免除となる項目である。
 セイネリアには冒険者時代の稼ぎもあるし、今はワラントから譲り受けた財産まである。だからあとはそれなりに立派な装備を作らせて見せつければ済む程度の問題で、そもそも騎士団に入らないで済ますことも出来た。

 それでも騎士団に入る事を選んだのはナスロウ卿やザラッツが言っていた騎士団内の腐敗ぶりというのを一度見てみようと思った程度で、マシな連中がいればそいつらと繋がりを作っておくのもアリだと思ったからだ。
 現状だとただ下っ端の腐敗ぶりが分かった程度で、これでこのまま過ごすなら長くいる必要はないと思えた。まだ上の連中の動きが見えないからもういいと投げ出すのは早計だとは思うが、この分ではあまり期待出来ないかと思うところでもあった。

 そんな状況で騎士団に入ってから30日程が過ぎて、セイネリアは最初の休日を迎えた。

「おかえりなさいませ、ボス」

 休日であるから堂々と騎士団外にまで出ていいという事で、セイネリアはまず真っ先にカリンのところ――つまり元ワラントの館へと向かった。
 まだ午前の早い時間であるから寝ている者も多かったが、事前に知らせておいただけあってワラントの直の部下だった連中は皆揃っていてセイネリアを出迎えた。勿論彼らの先頭にはカリンがいて、以後はかつてのワラントの部屋でカリンから近況を聞く事になった、のだが。

「部屋の感じが随分変わったな」

 部屋に入ってまず感じた事を口に出せば、カリンは苦笑しながらセイネリアに席を勧めた。そこには既に酒とグラスが用意してあって、セイネリアが座ればすかさず彼女はそのグラスに酒を注いだ。

「はい、その……私がこの部屋の主になるなら変えた方がいいと……皆が掃除と……いろいろがんばってくれたので。他にもいろいろ、古い家具を買い替えたりとか、皆やる気だったので好きにしてもらいました。経費はそれなりに掛かりましたが、許容範囲内だと思っています」

 言いながらも少しだけ自信がなさそうにこちらを見てくるところを見ると、カリンとしても迷ったところなのだろう。

「構わない、お前も連中がやる気になってるのに水を差したくなかったんだろ?」
「……はい」

 安堵した顔のカリンを見ながらセイネリアはグラスに口をつけた。
 カリンとしてもここの連中にはいろいろ恩があるし、彼らに教わる側が長かったから注意をし難かったというのもあるだろう。とはいえそれはあくまで仕事外の部分だけで実際の仕事に関わる事ならカリンは情で判断しない、それをセイネリアは分かっている。

「だがやりすぎて個人の部屋の改装や衣服にまで経費を請求してきたら断れ」

 グラスを置いてそう続ければ、カリンは少し表情を引き締める。
 それにセイネリアは笑ってみせた。

「代わりにそっちは何か成果を上げたら出してやる、と言ってやればいい」

 カリンは軽く目を見開いた後、クスリと笑って表情を和らげた。



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