黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【9】



――弓があればな。

 攻撃をくらったせいかふらふらと揺れて浮いているだけだった化け物は、一度逃げるように上とあがっていく。ここで弓を持っていたら撃てたのにとそれは少し残念で、だがセイネリアは足元の石を拾うとそれを化け物に向かって投げた。
 石は当たる、化け物が悲鳴を上げる。
 けれど今度はダメージ的にはたいしたものではないからか、化け物はすぐに石が投げられた方向、つまりセイネリアを見た。化け物が口を開く、不格好に大きな頭の半分程が真っ赤な口になって、それがそのままセイネリア目掛けて近づいてきた。

 セイネリアは剣を構えて化け物を待つ。
 そうして化け物と接触する寸前で剣を上に突き出してしゃがんだ。

 化け物の悲鳴があがる、だがそれはすぐに消える。白い姿の中心を剣先が走ってその姿はセイネリアの頭上を過ぎて二つに別れていく。手ごたえは殆どない、血も落ちてくることはなかった。白い姿が上を通り過ぎてからセイネリアが立ち上がれば、真っ二つに分かれた化け物の白い体は空中に浮いたままぐちゃぐちゃに歪んで揺れて、そうして唐突にその場から消えた。

 セイネリアはそれを見て一息つく。
 剣を見ればやはり固いものを斬ったようなダメージや血がついていたりもなかったから、あの化け物は『完全に存在していた』訳ではないのだろう。ケサランの話だと化け物の召喚は大体姿だけで実体がないか、体の一部だけを実体化する程度が多いそうだ。体全体を実体として呼び出すのは手間も魔力消費も多くて現実的ではなく、大抵は化け物の攻撃出来る箇所だけが実体化されるらしい。今回、どうみてもあの化け物なら実体は口あたりだろうと思ったから頭を狙っていたのだが、手ごたえは最初だけで長い体の方はまったく斬った手ごたえはなかった。そちらは実体がなかったという事だろう。

――しかし召喚魔法で呼ばれた化け物なら、魔法使いがここへ放ったということか。

 これは後でケサランに言っておいた方がいいかもしれない。セイネリアが剣を腰に戻せば、逃げていた連中がこちらに向かってやってきた。

「お前、あの化け物がなんなのか知ってたのか?」

 聞いてきたのは連中の先頭にいたバルドーで、セイネリアは軽く肩を竦めてみせた。

「恐らく魔法使いが召喚した化け物だ」
「魔法使い? 召喚? ……奴らそんな事も出来るのか。ってかお前、なんでそんな事知ってるんだ?」
「魔法使いの知り合いがいてな、そいつに聞いた」

 それでバルドーは顔を顰めて額を軽く押さえ、他の連中がざわつく。

「魔法使いの知り合いってな……普通そんなのいるかよ」
「たまたま知り合ったんだ。あぁ、化け物は倒したから大丈夫だと思うが、これが召喚したものならどこかに魔法陣がある筈だ。どうせならそれを探して壊しておいた方がいい」

 バルドーはこちらをちらと見るとため息をつく。
 それから頭を左右に軽く振ってから嫌そうに口を開いた。

「いや、時間的にそろそろ山を下りたほうがいい。それに魔法使いが原因ならそう上に報告すりゃいいだけだ。そうすりゃあとは魔法使い連中の間でどうにかしてくれるだろ」

 文句があるのか、という顔でそう言ってくるから、セイネリアはまた肩を竦めて笑ってみせた。

「……確かに、安全策を取るならその方がいいだろうな」

――それならこちらもケサランに知らせなくて済む。

 それでバルドーは他の連中に向けて帰還を告げた。すぐに皆そこから急いで今上ってきた斜面を下り出す。セイネリアもさっさと斜面を下りて、その途中で投げた荷物を拾っておいた。それからもう一つ、ある場所――化け物が斬られて消えたあたりに向かう。そこには黄色い石がついた指輪のようなものが落ちていた。おそらくこれが召喚に使われた媒体だろう。

「召喚用の媒体があった、魔法使いが呼び出した化け物で確定だな、報告時にこれを提出すればいい」

 下りてきたばかりのバルドーに渡せば、彼はそれを受け取って兜を取るとまじまじと見つめた。

「媒体ってのは何だ?」
「化け物を実体化するのに必要なものだそうだ。魔法陣を飛び出して動き回るなら媒体を体に持っていないとならないらしい」

 彼はそこでまた大きくため息をつく。

「……本気で詳しいな、お前」
「まぁな」

 セイネリアが笑うと、不気味そうにこちらを見ながらバルドーは言った。

「……ったく、少なくともお前を敵に回すのだけは絶対やめた方がいってのは今回ので更によっっく分かったよ」

 そうして彼は背を向けると他の連中に声を掛けて行きと同じ列を作らせた。
 セイネリアも大人しく最後尾について歩き出した。ただ前を行く馬鹿連中は、セイネリアとはわざと距離を取ってこちらを見ようとはしてこなかったが。



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