黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【99】



 ディエナは不安だった。
 とはいえそれは当然の事だ。いくらスザーナの件で多少自分に自信がもてたからといっても彼女はまだ16歳の少女である。敵地にいて故郷と連絡が取れない状態で、その故郷がとうとうこの地に戦を仕掛けようとしているのだ。ザウラ卿スローデンは彼女の身の安全は保証してくれたものの、そもそも彼を信用していいのかも分からない。彼は父を殺した首謀者である――それも本人に否定されると分からなくなってくる。あの優しい笑みが腹の黒いの含みあるものなのか、それとも本心からの優しい笑みなのか、それも分からなくなってきていた。

 それでもレンファンにザラッツを信じろと言われてどうにか心を保っていたのだが、そんな彼女に今日の昼スローデンはこう言ってきたのだ。

『どうやらグローディ側もこちらに非がない事を分かってくださったようで、もうすぐ領主代理としてザラッツ殿がこちらに到着する事になっています。今夜の話し合いにはぜひ貴女も出席してください』

 ディエナはそれで益々分からなくなってしまった。ザラッツが来る――という事には喜びと安堵を感じはしても、彼が来る理由はザウラが父を殺していないと納得した結果なのか、やはりスローデンは父を殺していなかったのか。
 けれどそれはこれから分かる筈だった。
 ザラッツのいう事なら信じていいのなら……彼がここに来たことでディエナの迷いは消える筈だった。

「ディエナ様、どうぞこちらへ」

 呼ばれて彼女は控えの部屋から夕食の間へと入っていく。今日は夕食を兼ねた事前会談のようなもので、ここで話が纏まれば明日正式会談を開いて同意書への調印となる筈だと、先程顔を出したスローデンは言っていた。

 夕食会用の大部屋に入れば、確かに客人用の席にはザラッツがいた。その顔を見て彼が本物だと実感しただけでディエナは安堵のあまり膝から力が抜けそうになった。ずっと張りつめていた緊張の糸が切れて、思わず泣いてしまいそうになった。
 けれど大きく息を吐いてそれをどうにか抑える。背筋を伸ばして歩き、引かれた椅子に出来る限り優雅にみえるように注意して座った。
 二人の話し合いではあるから、スローデンとザラッツの席は近い。けれどディエナの席は遠く、後ろにはレンファンと侍女のリシェラが控えているがその周りは護衛兵に囲まれている。
 スローデンの傍には少なくとも貴族出には見えない強そうな護衛の男が一人、けれどザラッツには供がついてはいないようだった。まさか一人で来たのだろうか――ディエナの目はひたすら彼を見てしまう。

 ザラッツは疲れているように見えた。心なしか少し痩せたようにも見える。表情は硬く、和やかな笑みを浮かべているザウラ卿とは対照的だった。

「ザウラ卿がロスハン様を襲わせたと証言した者は毒による自害をしていました」
「そうですか、犯人はあの者達で納得していただけたでしょうか?」
「はい、返して頂いた品はロスハン様の遺品で間違いありません。また、共にあった彼らの武器は……確かにロスハン様を襲った者が使っていたものと判明しました」
「広場の方も御覧になりましたか?」
「はい。ザウラ卿がおっしゃった通り、確かに服装的に自害した者と似た特徴がありました。同じ部族の可能性は高いでしょう」

 話の内容からすれば確かにスローデンが言っていた通り、ザウラ側がロスハン襲撃の指示を出したという事は否定されているように思える。

「どうやら奴らは私を陥れようとしたようです。最近、蛮族達の集団を捕まえているからそのせいでしょう」
「そうですか」

 けれどディエナには迷いがあった。ザラッツはもっと分かりやすい表情をする男だ、本気でスローデンの無実を認めているならもっと申し訳なさそうに……誠意をもって彼に謝罪の気持ちを伝えようとしている筈だった。
 彼の表情は沈んではいても基本は無表情に近いもので、声はひたすら淡々としている。まるでロスハンの死を自分達に伝えた時のように……これはどうとればよいのだろうとディエナは考える。

「ディエナ様、どうかされましたか?」





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