黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【78】



「ーーーッ」

 相手は何かを言って立ち上がる。剣を体の横に構えて盾で体を隠し、盾の上からこちらを睨んでくる、もうその顔に笑みはない。逆にセイネリアは余裕を笑みにして相手に見せつける、今回兜を被らなかったのはこの為だ。
 こちらの力が強いのを理解して盾を体に近い位置で構えた相手は、慎重にこちらの隙を伺うようにこちらの左側へと移動していく。セイネリアも合わせて右へと移動し、互いに右回りに円を描くようにゆっくりと歩く。ただ防御を固めるように構える相手とは対照的にセイネリアは構えているものの剣先を下に落とし、わざとかったるそうに歩いてみせた。それでも相手はすぐに仕掛けてはこられない。心情的に優位なのがどちらかは言うまでもない状況だ。

――ただ慎重になりすぎだな。

 それだけいい戦士だとは思うのだが、いつまでもこうしているのは埒があかない。こちらから突いてやるしかないかとセイネリアは思う。
 だらだらと横に移動するままゆっくりと地面に付いた足に急に力を入れて地面を蹴る。
 その力で一気に距離を詰めれば、相手は即座に反応して盾を前に出す……が、セイネリアは最初からその盾を叩いてやるつもりで仕掛けたのだ、叩かれた木製の盾はそれだけで半分程が吹っ飛び、周囲からは悲鳴が上がった。

――さて、どうする?

 盾が壊れる事自体は向こうも想定済みだろう。木製の盾は木に剣が食い込むのを期待しつつ、重い武器相手なら10撃も耐えられないシロモノだ。壊れるまでに防御の優位性を生かして相手に接近し、そこで仕留めなくてはならない。剣だけで攻撃も防御もしなくてはならないこちらと違って、防御を盾に任せて接近し同時に攻撃を行えるのが盾と剣装備の優位なところだ。
 だがあの盾ではもう次の一撃には耐えられない。
 片手剣でこちらの剣を受け止めるなんていうのは論外だ。ただでさえ腕力で叶わない相手の両手の力を片手で受け止められる訳がない。

 だがまだ相手の目は死んではいなかった。その場で吼えて盾でこちらの顔を狙ってくる。そうしておそらく、こちらの視界を遮った隙に剣はこちらの腹を狙う――それが分かっていたセイネリアは足を上げて相手を押し飛ばした。剣を戻すよりその方が早い。
 相手の体が吹っ飛ぶ、地面に転がるが想定以上に距離が空いた。それはこちらから距離を取るために、耐えずに自ら吹っ飛んだせいだと思われる。そのため追撃を掛けるには距離が空き過ぎて、向こうも起き上がって構えなおすだけの余裕が出来た。

 勝負を捨てないその姿勢は悪くない。クリュースの一般兵なら既に終わっている。
 蛮族の男は先ほどまでと構えを変えた。一応かろうじてまだ盾としての体裁を保っているものを今度は体に付けずに手を伸ばして前に出し、剣先を横に向けてじりじりとこちらに近づいてくる。壊れたせいで防御面積が小さくなったから小型盾の使い方に切り替えたというところか、それとも別の意図があるのか。

――どちらにしろ、面白い。

 セイネリアが前に出る、向うも同時に突っ込んでくる。
 まず最初は盾が、こちらの剣を受けようと前に押し出される。
 セイネリアがそれを剣で叩けば、手ごたえなくそれは叩き落とされた――成程、もう一撃さえ耐えられないと判断して盾を捨てたか。これなら一撃分は躱せたことになる
 代わりに向こうの剣が襲ってくる、当然セイネリアが剣を戻すよりも向こうの方が早い。けれどその程度は予想出来ている、体をひねって最初の一撃さえ避ければ次は戻した剣が間に合う、二撃目を叩き払えばそこで剣は相手の手から離れる筈だった。

 だが、相手の剣はこちらの剣を受けた。勿論、止められる訳はなく剣先は弾かれたが剣を手放すまではしなかった。かろうじてこちらの剣の軌道を逸らして斬られるのも回避した。

――成程、勝負に対するその執念は褒めてやる。

 剣を落さなかったその理由は盾を捨てた段階で向こうが剣を両手持ちにしたからだ。もともとが両手剣ではないからしっかり柄を両手で掴むことは難しいが、盾を離した左手で柄頭を押さえてどうにか力を補強していた。
 ただそれでもセイネリアの剣を受ける事は出来ない。勝負は既に決しているとも言える状況だ。

「ガァァッ」

 だが向こうはまだ諦めない。不格好な両手持ちで斬りつけてくる。
 セイネリアはその剣を受けて、今度は力を入れて振りぬいた。いくら左手で押さえていていようと焼け石に水程度の役にしか立たず、今度こそ剣は相手の手から離れて地面に転がった。

 そこで相手は目を閉じる。
 負けを認めてその場に片足を付き、首を斬れといわんばかりに項垂れた。

「勝負は決した、双方異論はないな」

 しんと静まり返った中、老人の声が試合を止める。
 セイネリアは了承の返事の代わりに剣を鞘に収めた。




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