黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【77】



 ここは中立地帯で戦う事が禁止だとしても、何かもめ事があった場合は力で決着をつけるというのは彼らにとって普通の事なのだろう。
 先ほどの建物を出れば裏に広く均(なら)された広場があって、おそらくそこがその決着を付けるための闘技場のようなものなのだろうというのが分かる。

「心配はしていないよ、でも相手は殺さないようにね」

 セイネリアが広場の中央へ行こうとすればエーリジャがそう声を掛けてくる。何か思うところがあるのか様子がおかしかった彼だが、今はいつも通りの様子ではある。

「分かってる、殺せばどうしても快く協力はしてもらえなくなるからな」

 それには苦笑だけ返して、彼は手を上げると離れていく。セイネリアはそれを見るとまた歩きだす。ただし、相手はまだ準備をしているようで中央には来ておらず、審判役らしい男だけが立っていた。セイネリアは剣を抜けば試合程度すぐ出来る状態だから、少し待たされそうだと一度足を止めて周囲を見た。見物なのか村人がちらほらと集まり出している。そういえば建物から外に出た途端、一人が何かを叫びながら村の中へ駆けていったからそいつが村へ知らせて回ったのだろう。
 相手の姿を探せば、やはりまだ準備をしているらしく周りには他の部族の者が数人いて応援の言葉なのか、盛んに何か言っていた、が……そこから腕に黒い布を付けた者が一人、セイネリアの方に向けて走ってきた。

「勝負は、殺して、いい。けど、殺さないのがいい」

 やってきた人物は黒の部族の者ではあるが谷であって一緒にここへ来た男ではなく、それよりも小柄な――セイネリアには覚えのある男だった。

「かなりちゃんと話せるようになったじゃないか」
「ここでの役目、勉強した」

 あのバージステ砦の戦いで、セイネリアに名前を聞いてきた人物に間違いない。あの時点で多少なりともクリュースの言葉がつかえたところからすればその方面で有能な男だったのだろう。となればここにいて、通訳的な仕事をしていてもおかしくはない。もともとクリュースの公用語自体はわざと簡単なつくりになっている、話すのと一般文字の習得までならしやすい筈だった。貴族間の会話や公式文書なら上級言語が入ってくるが、冒険者レベルの日常会話なら公用語だけで十分だ。

「勝負は神聖、死んでも文句はない。だが、話したいなら殺すな」

――成程、こいつも俺に殺さないように忠告をしに来た訳か。

「あぁ分かってる、殺しはしない。俺は今回、お前達を殺しに来たんじゃない。信用出来ないか?」
「いや、お前、戦士の誇り知ってる。信用する、頼む」

 それを頭を下げてまで言うこの男は、セイネリアの強さを完全に見て知っている。他の蛮族達は気楽にヨヨ・ミとかいう男に応援の声を掛けているが、目の前で彼らの勇者を負かす姿を見ていた黒の部族の者達はセイネリアが勝つ事を分かっていて相手を殺さないように忠告に来たという訳だ。

――まぁ蛮族どもに名を売っておくのもいいさ。

「準備出来た、あの線までいけ」

 言われたセイネリアは自分の剣を抜くと中央へと向かった。剣と盾を持った相手の男も準備が出来たらしく、歓声に応えながら中央にある線の前に立った。ヨヨ・ミとかいう男の部族は蛮族としてはそれなりに文明的な生活をしている方らしく、服は布製のものの上に毛皮を縫い合わせたものを着て、胸には鉄製の防具、一応鉄製の兜もつけていた。
 一方セイネリアは建物の中で話を聞いていた時のままの姿で、持ってはいるが兜までは被らなかった。これは向うにこちらの表情をよく見せるつもりもある。

「剣を抜いて前に出し、武器を合わせろ。鐘が鳴ったら開始だ」

 武器を合わせたところから開始するのは逃げずに積極的に戦えという事なのか、それともリーチ的に不利な武器に対してハンデをつける意図があるのか。どちらにしろ面白いとセイネリアは思う。
 相手は盾で体を守り、剣を持つ腕だけを伸ばした。こちらを見る目は爛々と輝き、自信が口元に笑みを作る。
 セイネリアもまた唇だけに笑みを浮かべ、剣を両手で構えると相手の剣に剣先を合わせた。
 そこで鐘が鳴った。この広場の隅に吊るしてあった鉄製の鐘だ。そこまで大きなものではないから大きく響くような音ではないが十分によく通る。セイネリアは音が聞こえた途端、体ごと当たっていく勢いで剣を横に倒して押した。
 ギャラリーが叫び声を上げる。相手が驚いて体と剣を引き、盾を前に出す。セイネリアはその盾を柄で叩いた。
 それだけで盾の一部が砕け、相手は吹っ飛ばされる。無様に尻もちをついた男に、だがセイネリアは追撃を掛けず一歩引いた。

「これで終わりじゃつまらんだろ、ちゃんと攻撃してこい」

 言いながら軽く手招いてみせれば、客席にいた老人横の一人がそれを通訳して相手に伝えた。




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