黒 の 主 〜冒険者の章・八〜 【79】 蛮族、特に戦闘系の部族の価値観というのは分かりやすく単純だ。強い者が偉く正しい、だから誰がどう見てもセイネリアが強いと証明できれば後は呆れる程順調に話が進んだ。 「セセローダ族、誇り高い戦士の民。3つの集落がある、主であるのは我ら牙の民、だが、爪の民がおかしい。最近、調子乗ってる」 この手の勝負があって無事決着が付いたあとは宴会が開かれるのがお約束という事で、その夜は例の話し合いの建物の中で宴会が開かれた。ヨヨ・ミという男は負けた事に対してこちらを恨んだり等はしていないらしく、酒の振るまいが始まれば自らセイネリアの傍に来て約束通りに話を始めた。それを例の黒の部族の小柄な男が翻訳する。彼にはどうやら妙に懐かれてしまったらしく、勝負が終わってからずっとセイネリアは付きまとわれていた。とりあえずはこちらに対して好意的であるという事と実際通訳としては使えるため、今のところは好きさせておく事にしていた。 「クリュースのものたくさん使ってる。我らより下のくせ、贅沢、してる」 つまり彼らの部族で下っ端に当たる爪の民という連中が、最近妙に羽振りがよいという事か。クリュースのもの、というのは具体的に聞かないと確定は出来ないが聞くだけの価値はある情報な事は確かだ。 「おかしいから見張った、戦士の数がたくさん足りない」 そうしてそれを聞けば――確かにそれなら確定だろうとセイネリアは笑みを作る。 「そいつらのところへ行きたいんだが」 「直接行く、はやめろ。一人捕まえた。話、聞くところ」 成程、彼らも不審に思って爪の民を一人捕まえて尋問しようとしているというところなのだろう。上手くやれば利害が一致して、このヨヨ・ミの牙の民に協力させる事も可能かもしれない。 「そっちの用事が終わった後でいいから、その捕まえた奴に俺が会う事は出来るか?」 それにはすぐ答えが返ってこなかった。通訳をやる男とヨヨ・ミという者の間でなにやら言い合っている。だめもとではあるから断られても構わないが、それで向うにへそを曲げられるのは少々困る。最悪でも尋問の結果は聞かせてもらえないと意味はないから、気を利かせすぎてこの男がこちらの代わりに交渉している、というのは勘弁してもらいたいんだがとセイネリアは考える。 「会う、出来る。セセローダ族のところへついて、くるなら」 やがて妙に誇らしい顔でそう言って来た男と、ヨヨ・ミの苦い顔をみれば、セイネリアの希望を通すためにこの男が断られたのを押し切ったらしいというのが分かる。まぁ結果オーライとも言える状況だからいいが、あまり懐かれ過ぎるのも考え物だと思うところだ。 「つまり、捕まえた爪の民の人間は、そいつの部族のところにいる訳だな?」 「そうだ」 セイネリアは考える。会わせてくれるのならぜひ会いたいところだが、捕まえてここに拘束しているのではなく別の部族のところへ行くとなれば全員で行くべきではないだろう。いっそセイネリア単身で行くのもありかと思うところだが、少なくとも通訳は必要だ……が。 こちらをじっと見ている誇らしげな男にセイネリアは尋ねてみる。 「もしかして、お前も行くつもりか?」 「そうだ、俺が約束した、俺は見届ける」 どうやら通訳役は連れていかなくても良さそうだ。 それならそれで残った連中には別口に頼みたい事がある。 「そのセセローダ族のところへ行こう、こっちでついて行くのは俺だけだ」 言えば黒の部族の男は胸を叩いて任せろというように頷くと早速ヨヨ・ミと交渉を始めた。そのヨヨ・ミも心なしか表情が安堵したように変わったので、どうやら文句があったのは他の連中まで連れて行く事だったらしい。 「ちょっと、私達はここで留守番?」 横にいて飲み食いをしていたガーネッドが言えば、エーリジャやネイサーも表情を硬くしてこちらを見ていた。エデンスは食べながらかったるそうに頭を掻くと、他人事のように言ってくる。 「俺がこっそりついていくか?」 「いや、必要ない。それより頼みたいことがある」 セイネリアが笑って言えば、彼らの口元にも笑みが浮かんだ。 --------------------------------------------- |