黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【74】



――まったく、あのジジイの影はどこまで付きまとってくれるんだかな。

 考えればセイネリアとしては苦笑しか出来ない。バージステ砦の戦いでセイネリア達が戦った相手が彼らだった時にもその因縁に笑ったものだが、ここまでくると『運命』という言葉が出てきても仕方ない。自分の未来が決まっているなんて考え方は嫌いだが、彼らと自分が会うべくして会ったのだろうという思いはある。

「ラギ族は戦闘系の部族じゃないけど、クリュースとの交易があるせいで一番裕福で人数も多い。恐らく一つの部族の村としては一番大きいんじゃないかな。多くの部族が定期的に居住場所を変えている中で、ずっと同じところにいるせいもあるだろうね」

 村へ向かって歩いていれば、かつてそのラギ族の村に世話になった事があるというエーリジャが楽しそうに言ってくる。彼から事前に聞いていた話ではラギ族がクリュースと交易し、そこから各部族へクリュース内の情報や武器等が流れているという話だ。それを考えればラギ族の村自体が蛮族達の中立地帯になっていて、仲の悪い部族同士が話し合ったりする場になっている……と考えてもおかしくはない。中立地帯であるあの谷から近いのもあってそういう役目を持つようになったのはあり得る話だ。

 蛮族同士は仲が悪くて違う部族が協力して襲ってくることはない――クリュース内で言われているそれが近年は絶対ではなくなって、時折いくつかの部族が連合を組んで襲ってくるようになったのも、安全な話し合いの場というのが出来たせいと考えれば納得出来る。

「もうすぐだそうよ、村に入る前に不戦の誓いが必要だから、各自この紐を武器に結んでくれって」

 そこでずっと蛮族達と話をしていたガーネッドが、長い葉のようなものを編んで作った紐を渡してきた。セイネリア達はそれぞれ受け取って言われた通り武器に結んでいく。見れば蛮族達も自分の武器に同じ紐を結んでいたから、その不戦の誓いというのは村に入る全員がしなくてはならないものなのだろう。

「つまり、ラギ族の村の中では誰も戦ってはいけない、という事か」
「そういう事、だから向こうにとっても私たちにとっても安全に話し合いが出来るって事なんでしょ」

 ならばセイネリアの予想通り、ラギ族の村が蛮族達の中立地帯になっている可能性は高い。

「……そういえばうろ覚えですが、クリュースへ来る時に一度、少し大きな村に寄った覚えがあります。もしかしたらラギ族の村だったのかもしれません」

 幼い頃にクリュースへ来たというネイサーが思い出したようにそう言えば、ガーネッドが難しい顔をしてガタイのいい男を見る。

「多分そうだと思うわ、クリュースへ行きたいって連中はまずラギ族のところによるのがお約束だから。安全にクリュースへ入るためのルートや、毛皮や肉、酒とかを持っていけばクリュースの金とも交換してくれるし、向こうでの注意点とかも教えてもらえるらしいわ」

 つまり蛮族達の中でのクリュースとの接点として、実質関所のような役割も果たしているという訳か。戦闘系の部族ではないという事と、潰せば蛮族全体で不便という事で中立地帯としていられるのだと考えられた。

「……あぁ、確かにわりとちゃんとした村だな」

 そこでエデンスがそう言ったからにはそろそろ着くという事だろう。彼の存在はある種切り札的なものだから、彼だけは蛮族の前に出ないで単独行動も考えたが……いくら転送と千里眼があってもこの地に一人で放り出す訳にもいかず、行先的にも安全だろうという事で結局全員で蛮族達についていく事にした。

 間もなくして、前を行く蛮族達が何やら言い合いだした。彼らは皆エーリジャ並に目がいいから恐らく村が見えてきたのだろう。案の定、そこからひょいと先を覗き込んだエーリジャが嬉しそうに告げて来た。

「見えてきたよ、ラギ族の村だ。……うーん、前よりずっと立派になってるなぁ」






 グローディ卿はそれなりに高齢であるから一日ベッドで過ごして動かなくなると体はどんどん弱くなっていく。病気とは言ってもどちらかという心の病気の方ではあるから本来なら体に影響はない筈なのだが、本人の気力が弱っているのと動かないせいで悪化していくばかりだった。

「すまんな、お前にはいろいろ負担ばかりかけて」
「何をおっしゃいます、私は恩がありますからそれを返しているだけです」

 体が弱くなれば心も益々弱くなる。もともとが歳の割に元気で活動的な人物だったのもあって、最近のグローディ卿の弱りぶりを見るのがザラッツには辛かった。

「本当に今、お前がいてくれて良かった」
「勿体ないお言葉です。ですがあまり私を買い被り過ぎないようにお願いいたします。……結局、自分だけでどうにも出来ずあの男を頼ってしまいましたから」

 そうすれば、最近では暗い顔ばかりだったグローディ卿が笑った。

「何、私が元気だったとしてもあの男を呼んだだろう」

 久しぶりに笑った主につられるように笑えば、少しだけ表情を柔らかくしたグローディ卿は遠くを見つめながら呟く。

「奴は不思議な男だな。あれだけの頭と力があるのに我欲がないというか……妙に引いた視線を持っている。あの歳でだぞ、それだけで不気味だ」
「そうですね、私には正直理解しきれません」
「安心しろ、私はお前以上に分からん。……だが、信用は出来る。それこそもし裏切るのなら事前に裏切るからと言ってきそうな男だ」
「えぇ、そうだと私も思います」

 笑ってそんなやり取りをしていたものの、主の声はそこで急に途切れて返ってこない。待ってもそれ以上何もいわない主に、ザラッツが何かを言おうとすれば――。

「すまんな」

 再び静かな声でそう言われて、ザラッツは苦笑する。

「ですから、謝る必要など……」
「今の言葉はディエナに言っておいてくれ。結局私のせいで、あの子にはたくさんの重荷を背負わせてしまった」
「それは……承知しました、帰ってこられたらお伝えしておきます」

 これ以上話していれば更に気弱な発言を聞いてしまいそうで、ザラッツは部屋を退出すべきだと頭を下げる。だが、そうして主に別れを告げ、部屋を出ようとすればその背にまた声が掛けられた。

「少なくとも、私が軽い気持ちでディエナが生まれた時に婚約話を受けたりしなければ、あの子の想いを喜んで後押ししてやったのだがな……」

 その言葉の意味を正しく理解して、ザラッツは頭を下げると主の部屋を後にした。





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