黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【73】



 締め上げる、とは言ったがセイネリアとしては向うがやってきたら問答無用で捕まえる――というつもりまではなかった。あくまでいきなり攻撃してくるならという前提で、しかもその可能性が高いと思ったから言った言葉であって話し合いが出来そうであればそれでも勿論構わなかった。
 ただそう言っておけば戦闘に入るつもりで周りが身構えてくれるだろうと思った程度だ。

「どうみても単一の部族の連中ではないな」

 谷を抜ければエーリジャが言った通り森になっていたから、セイネリア達は森に隠れて蛮族達を待ち伏せしていた。エデンスがずっと連中を見ていたからぎりぎりまで打ち合わせもできたので、こちらの準備は万全と言っていい。
 ただ実際相手がやってきてみればその構成が少々想定外だったため、蛮族の知識がある連中がこぞって困惑することになった。

「そうなのか?」

 セイネリアの言葉に真っ先に反応したのはエデンスだが、蛮族の知識がない彼が気づけなかったのは仕方ない。

「うん、蛮族達は部族で見分けが付くように何か特徴付けをしている事が多いんだ。特に戦士連中は味方と敵をすぐ区別できるように目印になる何かを身に着けているんだけど……そこから考えたら全員違う部族、に見えるよね」

 エデンスに説明するようにエーリジャがそう言ってくる。隠れているから当然全て小声でのやりとりだが、後の二人もこぞって困惑を匂わせる声で言ってくる。

「だろうな、それぞれ皆、違う印を身に着けてる……ように見える」
「鼻に白い線を引いてるのはイェルメ族の戦士ね、羽のついた槍を持ってるのがダン族の戦士。違う部族の戦士同士が一緒にいるなんて普通ならあり得ない」

 彼らがそう言っているのだからこれが普通ではない事は確定だ。ただここが彼らの中立地帯であるなら可能性として二つは思いつく。それぞれの部族の代表が話し合いに来ていたのか、各部族から戦士を出してここを見張っていたか、だ。

 ただそんな事はセイネリアにとってこの際どうでも良かった。なにせ連中の一人の腕に特徴のある黒い布を見つけていたからだ。

「奴らの話してる言葉が分かるか?」

 蛮族達は谷の前で足を止めて何やら怒鳴りあっていた。それを聞き取ろうとしている他の連中に聞いてみれば、その中でガーネッドが返してきた。

「二人、トール族の言葉に近いのを話してるのがいるわ。私達が見えないから、遅くなったのは……連中で一番背の高い奴ね、そいつのせいだって怒ってる」
「奴らと会話が出来そうか?」
「えぇ、多分」
「ならいい。他はそのまま隠れてろ、お前だけついてこい」
「え?」

 言うとセイネリアは隠れたまま森を移動する。そうして彼らが立ち止まって言い争っている近くまで来てから剣を抜くと、ガーネッドと共に彼らに見えるところへ出ていった。

「ーーーーーッ」
「xxxxxxァッ」

 セイネリアの姿を見た途端、蛮族5人が5人とも武器を構えて戦闘体勢を取る。だが即襲い掛かってくるのではなく何か言ってきているから、セイネリアはそこで足を止めた。

「何者だって言ってるわよ。クリュースの人間かって言ってるのもいる」
「そうか、ならその通りクリュースの人間だと言ってくれ」
「え? ちょっと……」

 セイネリアは蛮族達の前でフードを上げるだけでなくそのマントごと脱ぎ捨てた。姿隠し用のこのマントはよくある麻色だが、脱げば当然いつも通りの黒一色のマントと装備に覆われた姿が露わになる。

「あんた何を――あぁもう分かったわっ」

 ガーネッドがそこでおそらく、こちらが言った通りの言葉を彼らに伝えた。
 セイネリアの姿を見て益々身構えた蛮族達だったが、ガーネッドの言葉に更に怒鳴って何かを言ってくる。その中の一人が武器を振り上げたが、それを止める者がいた――例の黒い布を腕に巻いている男だ。ナスロウ卿の出身であるエンシェルの民、その中の黒の部族の戦士であるなら、バージステ砦の戦いでセイネリアを見ている可能性がある。

 そして、この名を知っている可能性も高い。

「俺の名はセイネリアだ」

 言えば、その黒の部族の男が前に出てくる。そうしてこちらをじっと見つめた後、あっさり背を向けると他の蛮族達に何かを言った。それに他の連中が怒って騒ぐ、黒の部族の男も怒鳴る。セイネリアはその場で動かず彼らの言い合いをただ眺めていた。

「あんたを知ってる奴が他の連中に戦っても無駄だとか言ってるんだけど……どういうこと?」
「前に会った事があるだけだ」
「なら相当の暴れようだったようね……まぁ想像出来るわ」

 蛮族達はまだ怒鳴り合っていたが、黒の部族の男が脅すように何かを言えば他の者が口を閉じた。どうやら向うの話し合いも一応の決着はついたらしい。

「こっちは調べたい事があってここへ来た、戦いに来た訳ではない、と伝えてくれるか?」
「分かった」

 ガーネッドがすぐさま彼らに伝えれば、今度は向うから返答が返ってくる。それにまたガーネッドが返して会話のやりとりが行われる。彼女が判断しきれない何かがあればこちらに聞いてくるだろうし、やりとりの雰囲気からだいたい何の話をしているのも分かる。だからセイネリアは口を挟む事もなく、話が終わるまで彼らの観察をして待っていた。

 やがて話がまとまったのか、会話相手の蛮族が他の蛮族との話し合いを始め、ガーネッドがため息をついてから胡散臭げな目でこちらを見てくる。

「話はついたか?」
「えぇまぁ……なんかこっちも向うも安心して話が出来るところってことでラギ族の村へ行くって事になったんだけど……いいの……よね?」

 それには思わずセイネリアも笑う。随分都合がいいものだと思いながら。

「いいも何も、最初からまずはラギ族の村に行く予定だったからな、話を聞ける人間が増えただけ丁度いい」

 セイネリア達は蛮族達の地域にきたらまず最初にかつてエーリジャが滞在したことがあるという村を目指す予定だった。戦闘系の民族ではなく、クリュースとも密かに交易がある部族、それがラギ族だった。




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