黒 の 主 〜冒険者の章・八〜 【75】 ラギ族の村へ入ると、やたらと親父狩人がはしゃいでいた。 「うーん、本当に変わったなぁ。なんかすごいあちこち立派になってて……んー、流石に知ってる顔はいないかなぁ」 きょろきょろと周囲を見渡しながら、すれ違った親子にエーリジャが彼らの言葉で挨拶の言葉らしきものを掛ける。それに子供が返事を返してきてエーリジャは楽しそうに笑ったが、すぐにその子は親に手を引かれていってしまった。セイネリアとしては本当にこの男は子供好きなのだと呆れるしかない。 「……確かに、蛮族共の割には小奇麗な連中が多いな」 「だよね、それだけ生活がクリュース寄りなんだよ。でも俺が前に来た時よりも更にそれが進んだかなぁ」 ただラギ族の村が蛮族らしくなく割合辺境の田舎村という雰囲気がある分、他の部族の人間は目立つ。布の縫製された服を着ているラギ族の人間と違って皮と毛皮だけの連中や、鳥の羽を大量に体につけた極彩色の連中は流石に村の風景から違和感があり過ぎた。ざっと見、ラギ族の人間と他部族の人間の比率は7対3といったところだろうか、他部族の人間は多くはないがいろいろな部族の者を見かける段階でクリュース側の蛮族に対する常識が覆る光景だ。 前を行く蛮族の連中は、時折ガーネッドに何かを言いながら村の奥へと向かって行く。セイネリア達がそれに大人しくついて行けば、少し大きめの建物についた。そしてその途端、入口に立っていた男がすごい勢いでこちらにやってきた。 「エーリジャっ」 「ザッカっ」 いかつい顔で走ってきたその男が笑って赤毛の親父と抱き合えば、わざわざ知り合いなのかと聞く必要はない、だから。 「えーと、こっちは俺がここにいた時の知り合いで……」 「見れば分かるさ」 とセイネリアが即返せばエーリジャはへらっと笑って、だよね、と言ってくる。 彼の知り合いがいるのならこちらとしては都合がいい。どうやらそのせいでラギ族側の警戒はかなり緩んだようで、面倒な身体検査のようなものはなく、すぐ建物の中へと入る事が出来た。 「どうもここは話し合いのための建物らしいよ」 入ってすぐ、エーリジャが言ってくる。彼の知人らしき男とは入口で別れを告げていたから、おそらくあの男は入口の見張り役なのだろうとセイネリアは思う。 「なるほど」 これでまた、ここが蛮族達の中立地帯となっている可能性が高くなったな――思いながらセイネリアは入った連中が座るのを見て自分も座った。布が敷いてはあるが感触としては土の上に座っているのとあまり変わりはない。ラギ族の建物は基本的に半地下的なつくりで、穴を掘った周囲を石壁と堀で囲み、大きな円錐の屋根ですっぽり覆っていた。窓はないが、暖炉から伸びた煙突が外へ出ていててその他に換気孔らしきものはある。ランプがいくつか吊るしてあるから人の顔が識別できる程度の明るさはあるが、そのランプはただの普通の火のランプだった。さすがに光粉を使ったランプを取り入れる程、クリュースから豊富にものが入ってきている訳ではないと思われる。 「さて、クリュースからの客人よ、何を調べたくてここにきたのかな?」 皆が座ると、最初からこの中にいたラギ族の老人がクリュース公用語でそう話しかけてきた。今この場にいるのはこちらの5人と、谷で会った5人の蛮族達、そしてこの老人と両脇に2人、出入り口に2人のラギ族、その他離れた壁近くに部族の分からない連中が4人程だ。 「クリュース側のある貴族が、邪魔な別の貴族を襲撃するのにどうやらあんた達のどこかの部族の連中を雇ったらしい。それが真実ならどこの部族が雇われたのかを知りたい」 「知ってどうする気かな?」 「その部族のところへ話をつけにいく。言っておくがこちらはその雇い主の貴族を追い詰める証拠が欲しいだけで、実行した者達に制裁を与えたい訳ではない、それは誓う。……訓練された兵がいる十数人の集団を全滅させるくらいだから相当派手な人数を動かした筈だ、心当たりはないか?」 セイネリアの発言は、すぐに老人の両脇にいた同じラギ族の二人の青年によって彼らの言葉に言い換えられ、周囲の蛮族達に伝えられる。そこで沸き起こる彼らの声を暫く黙って聞いてから、老人はセイネリアに向けてまた口を開いた。 「我らの常識として、人殺しを請け負うような仕事をやっている連中といえばススラヤ族だが……奴らならそこまでの集団で仕事を受けたりはしないからまず違うな。……ちなみに、何故我らが雇われたと判断した?」 --------------------------------------------- |