黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【69】



 ザウラ領はクリュース内でもほぼ北の端で、そこから更に北は王の直轄地扱いの国境村地帯となる。これは昔から北の蛮族が国境近くの村や砦を頻繁に襲撃してきたためあまり金のない領主が自力でそれに対処するのが難しく、王の力で直接守るために取られた措置であり、当然元から力のある領地ではあり得ない事だった。
 つまりザウラの領都は確かにこの辺りでは一番栄えているとはいえ、国全体で見れば『国境防衛を王を頼った貧乏領』扱いであると言える。王に防衛を投げた当時は貧乏領だっただけだとも言えるが、どちらにしろザウラが本気で王から一目置かれるようになるにはまずそれらの地を王から返してもらわないとならないだろう。ただしそうすれば、王と周辺領主から目を付けられて潰そうとされるのはほぼ確実ではある。

――ザウラ卿の目的が、本当にあの男が言っていた通りだとすれば、だがな。

 あの時やってきたザウラ卿の代理だろう男に対してセイネリアが言った事は、すべてあの男の言った通りの事をザウラ卿が考えていたなら、という場合の話である。
 おそらく、セイネリアの元へやってきたあの男自身は本気で国の制度を変えたいと思っているのだろう。だがザウラ卿本人が完全に部下に真意を話しているかは分からない。これまでのザウラ卿のやり方から考えれば、国の上層部を変えたいと思っているならセイネリアが考えた通りの事を彼も思いついていておかしくない。本気でボンクラ貴族共をどうにかしたいのなら、もう少し上手いやり方を考えるのではないかと思うところだ。
 だから、実は腐った貴族達のことなどどうでもよく、単純に自分の野望のために部下にそう言っているだけ、というのは十分にあり得る。もしくは、男の言っていた通りの事をザウラ卿も目指しているが、周辺領を合併した後も王から危険視されないための何かがあるのか。

 ……それを判別するだけの材料はいまのところセイネリアにはないから現状はどれもあり得ると、一つの答えに固執しないよう自分に言い聞かせておくだけだ。

「うん、大丈夫そうかな」

 エーリジャがまずそう言ってから、数か所を指さしてエデンスに視線を送る。

「念のため、あそこと、あそこと、そこを見て貰っていいかな」

 今回のようにどういう事態になるか分からない状況では、やはりエデンスの千里眼と転送能力はほしい。だから今回、彼は一行が街から出る時に飛んでこちらと合流してもらった。馬に乗って馬車の護衛をしていたセイネリアやエーリジャが消えればすぐにバレるから身代わりが必要だが、移動時は荷馬車に乗っていた彼ならどこで消えたとしても問題はない。

「……隠れてたりしてる者はいない、問題ないな」
「ならいくか」

 言ってセイネリアが前に出て歩き出す。
 この辺りはもう、クリュース国内ではなく蛮族達の領域であるから、見晴らしのいい場所や上から監視されそうな場所を行く場合は特に周囲を警戒しなくてはならない。だからこうしてまずはエーリジャが全体を見回して、隠れて監視できそうな怪しい箇所をエデンスが『見る』ことで安全を確認していた。

「この谷を抜けると森になるから、さっさと抜けよう」

 エーリジャは若い頃この辺りに来て蛮族達の村に滞在したこともある。今回まずは蛮族達の情報を得るため、その滞在した事のある村を目指す事になっていた。

「谷の先は?」
「大丈夫だ、人はいない、確認しといた」

 やり方に慣れてきたのか、エデンスは言われなくても重要箇所は先に見ておく事が増えていてこの手のやり取りも初めてではなかった。
 その彼を守るように傍にいる大柄な男がそこで話を付け足した。

「この谷は各部族の中立地帯ですから、見つけてもすぐ攻撃してくる事はまずないと思いますよ」

 ヴィンサンロア信徒の男、ネイサーは馬に乗れないためエデンスやヴィッチェと共にずっと荷馬車に乗っていた。彼も実は蛮族出身者という事で、今回こちらに同行させる事にしてエデンスが転送で一緒に連れてきた。
 ただ彼もくるとなった時点でエルがやはり自分も行くと騒ぎだし、少々揉める事にはなったが。最終的にはセイネリアに説得されて引き下がってはくれたが、エルには向こうにいて貰わなくてはならない理由があった。なにせグローディに残った面子とおそらくそのまま滞在するだろう身代わり連中全員の間をどうにか取り持ってやれるのはエルくらいだし、何よりカリンが何か動こうと思った時に自分以外で相談するとしたらエルしかいない。

「クリュースの人間だと確信したら襲ってくる可能性はあるか?」
「そうですね、それはありますが……」

 ネイサーやデルガ、ラッサは彼らのパーティ内で、アジェリアンに対してだけは言葉遣いが上のものに対するそれになる。そしてセイネリアに対しては、ネイサーだけがアジェリアンに対するものと同じ言葉遣いだ。別にセイネリアは相手の口調などどうでもいいが、彼がそうするのはセイネリアを上として認めているという事なのだろう。おそらくはアジェリアンが認めている人間としてセイネリアを認めている、そのあたりだ。

「多分その心配はないと思います。この辺でこうして姿を隠して歩いてるのは大抵各部族の偵察隊です。見てすぐわかるくらい立派で小奇麗な恰好をしてたら攻撃されるかもしれないですが、距離があればこれなら分からないでしょう」

 現在セイネリア達は全員マントのフードを被って姿を隠した状態である。そのままがいいというネイサーとエーリジャの意見に従った訳だが、理由を聞けば納得する。

「派手に赤い羽根の首飾りをつけてる連中がいたら注意よ、いくら中立地帯だからといっても奴らにだけは見つかったらまずいから。ファイ族は無差別で自分達の部族以外を襲ってくるのよ」

 そこでそう言ってきたのは最後尾にいたガーネッドだ。
 実は彼女は両親が共に蛮族の出身で、母方の部族であるポス族と、父方の部族であるトール族の言葉が分かるらしい。ただ言語よりも、彼女は両親からずっとそれぞれの部族の話を聞かされていたから蛮族視点の話をよく知っている、それが役に立つ。ネイサーは子供の頃にクリュースへ来て親はすぐ死んだという事だから、蛮族としての知識は彼女の方が詳しいと言えそうだった。

 谷はそこまで深いものではないが上から攻撃される可能性のある場所というのは早く通り過ぎたいのは確かで、自然と足取りは早くなる。
 だが、谷の出口が見えた辺りでエーリジャの足が唐突に止まった。




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