黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【68】



 ザウラ領主スローデンは、執務室の椅子に座って腹心の部下である蛮族出身の青年の報告を聞いていた。

「そうか、あっさり帰ったか。今回はあくまで敵の確認程度と割り切ったかな」
「そうですね、少々不気味ですが」

 報告にきた本人であるジェレはどうにも納得いっていないという顔をしている。セイネリアという男に関する彼からの報告と合わせれば、確かにここであっさり帰ったというのを疑う気持ちはスローデンにも分かるところだ。

「もしくは、つけられているのに気付いて大人しく帰ることにしたか」
「その可能性は高いと思います」

 あの夜にスローデンの代理が会いにくる事も予想していたらしい、という彼からの報告からすればそう考えた方が自然だ。それだけで大人しく帰るかと言われればまだ引っかかるものはあるが。

「帰ったと見せてこちらを安心させ、別口で街に人を放っている……あたりはあるだろうな。街中の調査組には引き続き警戒するように言っておいてくれ」
「はい、承知しました」

 クバンは商人の出入りが多いから、商人のふりをされるとどうしても全てをチェックしきれない。本来なら商人の身元確認をもう少し厳重にしたいところだが、やりすぎると商人達を逃がす可能性もあるから難しいところではあった。

「……ところで、ディエナ嬢は今日はどうしている?」
「ディエナ様は案内を連れて館の中を見て回っています」
「そうか」

 スローデンはそこでまた考える。
 今のところディエナについては飛びぬけて頭がいい……とまでは思えなかった。ただこちらに対しての受け答えはしっかりしていて余裕さえあるから度胸はかなりのものだと思う。それだけでもスザーナ卿が丸め込まれるだけの事はあるかもしれない。年齢を考えるとかなり大したものなのだが、直感で危機感を感じる程のものはないから彼女への評価はまだ迷っている段階だ。

「護衛の侍女についての調査は?」
「そちらはスローデン様の予想通りでやはりつい最近まで冒険者として働いていました、どうやらクーア神官らしいです」
「……成程、それなら護衛というのも分かるな」

 いざという時にいつでも逃げられるように、地位の高い貴族ならまず一人くらいお抱えのクーア神官を持っている。今回の件で雇ったのだろう。

「いえ、転送は使えないらしく、予知が出来るとか」

 だが返された言葉は想定外で、スローデンは考える。

「予知? ……何に使えるんだ?」
「さぁ、そこまでは」

 予知持ちのクーア神官はそれなりにいるらしいが、それを使って何かをしている者の話はほとんど聞かない。一般人が知っているクーアの予知とは、神殿に張り出される予知掲示板の内容くらいでそれも完全に当たるものではないというのが常識だ。

「まぁいい、こちらでもそれとなく探ってみよう。……あとはグローディに送り込んだ者達だが、何か変わった報告はあったか?」
「クバンまでの街道に出没していた大きい盗賊団を潰した、とグローディのシャサバル砦から正式な発表がありました。それに伴って暫くの間事前申請すれば国境まで兵二人を無償でつけるとも」
「さすがに対応が早いな」

 こちらが商人達に流した『盗賊はグローディの仕業』という噂を消すために急いで対応したというところだろう。噂自体は商人達の頭に残るから無駄にはならないが、これでスザーナ回りを考えていた商人達の流れは元に戻ってしまう。

「……ただロスハンの死は公表されないままです。実際の領主周りは……送り込んだ者が皆ロクな配置につけていない段階で殆ど情報が入ってきません」

 それにはスローデンは忌々し気に口を曲げる。やはり一番安易な手でこちらを非難してはこないか、と。しかもスザーナと違ってグローディの領主周りはかなりガードが固い。おかげでロスハンもグローディ領内での事故死という手は使えなかった。

「気付かれていると思うか」
「さぁ、どうとも。領主の身内に近づける役はもとからザラッツの直接の部下か、長く勤めている者にしか回ってこないそうですから」
「単に用心深いだけの可能性もある、か」
「そうですね」

 スローデンはそれでため息をついた。今のところはこちらが先手先手を取って、グローディはひたすら対応するカタチではあるのだが、向こうはなかなかこちらが付け入れるだけの決定的なミスをしてはくれない。

「どうします?」

 暫く考え込んでいたスローデンだが、ジェレの声でため息をついてから口を開く。

「焦って動いてこちらが付け入られるようなミスをするわけにはいかない。次の手はもう少し向こうの出方を見てからだ」

 ともかく現状、ディエナがこちらの手の中にある段階で向うがやれる手段はかなり限定される筈だった。互いに付け入る隙を狙っている状態で先に動くのはミスが起こりやすい。出来れば向うの出方に合わせたいところではあった。

「スローデン様」

 そうしてまた考えんでいたところで、唐突に名前を呼ばれてスローデンは顔を上げた。

「どうした、ジェレ」
「もし、この国の制度を変えるためにはスローデン様が王になるしかない、となれば……スローデン様は王になろうと思いますか?」
「なんだ唐突に」

 ジェレの言葉があまりにも突然すぎて、スローデンは顔を顰めた。

「いえ、ちょっと……思っただけです」

 ジェレは普段、こんなこちらを探るような事は聞いてこない。
 これはセイネリアという男と話したせいなのかもしれないと思えば、あまりよくない傾向だなとスローデンは考える。

「まぁそうだな、そうせざる得ない状況ならそれも考える。だが国自体を混乱させたくはない、まずは地道に王に訴えかけるところからだ」
「そのためには田舎の一領主では難しい、という事ですね」
「その通りだ」

 彼とは何度もやってきたこの手のやりとりだが、王になる気があるかどうかなどと聞いてきたのは初めてだ。ただ話が終わった後のジェレは笑みを浮かべていたから、返事としては間違っていたわけではないだろう――とスローデンは判断した。




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