黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【67】



 この先の辺境地域への分岐点というのもあって、クバンの街は商人の出入りが多い。勿論ここで商売をするなら許可証を取らねばならないが、条件は割合緩くそこまで審査が厳しい訳でもないから偽商人を語るのはそう難しい事でもなかった。
 実際ガーネッドには商人のふりをするために現地で酒や干し肉を仕入れてもらっておいてそれを運ばせたから、今向こうの荷馬車を調べてもそれらがきちんと入っている分怪しまれる要素はない筈だった。

「どうやらこっちをつけてる者はいないみたいだね」

 市場に入って暫く歩いたところで、並んで荷車を引いているエーリジャがそう耳打ちしてきた。これだけの間彼が気配を探ってそう判断したのなら信用していいだろう。

「ただの商人が店に帰るだけだからな、向こうもそこまで暇じゃないということだ」

 そうすればこちらの会話が気になったのか前を歩いていた筈のガーネッドがセイネリアの傍によってきて、やはり小声で言ってくる。

「その分運びに行く時、市場を出るところで警備兵に止められて荷物のチェックをされたわよ」

――成程、だから帰りはスルーしてくれたわけか。

「それは運が良かったな」
「だね」

 彼らが気にしたのは運ぶ荷物の内容で、人の方が問題だとは思っていなかったのだろう。この時期は日差しが強くなってきているから光に目が弱い連中はこぞってフードを深くかぶっている。運び役の他領からきた商人ならそれで怪しまれる事もない。
 おそらくスローデン本人や、せめて昨夜の男であれば人間側も疑っただろうが、下っ端ではそこまで頭が回らなかった。上が絶対的で下は無条件で従うだけという組織では、従順で信用は出来るが上が指示した事以外は何も出来ない無能な部下ばかりになってしまうものだ。

「ただいま〜」
「おう、お疲れさん」

 ガーネッドが足を止めて露店の中にいる親父に声を掛けた。つまりここが彼女が今回の仕事のために出している店という訳だ、確かにメモにあった通りの特徴と店名になっている。今回この仕事に使う人間は、彼女の仲間かグローディに冒険者支援石を取り上げられている連中の筈だからこの男もそうなのだろう。

「中で少し休憩していいぞ」
「ありがと」

 実情を知っているとしらじらしくも見えるがそのやりとり自体は自然で、こちらが荷車を店の隣におけば、『ほら、あんた達もきなさいよ』とガーネットが言って店裏のテントに入っていった。勿論セイネリア達はそれに従って中に入る。

「で、これからどうするのよ?」

 テントに入った途端座り込んだガーネッドは、フードをあげると少し怪訝そうな顔をしてまずそう聞いてきた。セイネリアとエーリジャもフードから顔を出して近くに座った。

「予定は少し変更だ。街での情報集めはそっちに任す。こっちはこれから北に行く事になった」

 それに彼女はいかにも不満そうに顔を顰める。予定が変わったのだから彼女として面白くないのは当然だろう。

「北ってどこの村よ。この先はケチな貧乏村しかないわよ」
「もっと北の蛮族どものところだ」
「……ちょっと待って、どこからそういう話になったの?!」

 ガーネッドに言っておいた当初の予定では、入れ替わって街に残ったセイネリアとエーリジャ達は彼女達と共に街中で情報収集をするつもりだった。

「どうやらザウラ卿は蛮族どもと繋がっているくさくてな。いくつかの部族に当たりをつけているから直接探ってみようと思ってる」
「奴ら相手に少人数で? 本当にあんたは命知らずね」
「何、奴らの戦いは勝てば何をやってもいい訳じゃない。戦士としてはこっちの兵共よりもよほど誇り高いからな、やりようはある」

 セイネリアが戦場で会った蛮族や蛮族を知っている者達から聞いた話からすれば、彼らにとって戦いは神聖なものであり、自分の強さを証明する事が彼らの戦う理由である。雑魚なら問答無用で虐殺をしたとしても、強い相手なら堂々と一対一で倒す事が彼らの礼儀であり誇りだった。こちらを強いと認めてくれるなら例え一人だろうとやりようはある、とセイネリアは思っている……ただ一応、今回は保険も掛けているが。

「当たりはつけてても、蛮族と直接交渉なんて出来ないでしょ、言葉はどうするの?」
「一応奴らの言葉をある程度分かる人間を連れていく。勿論、それでも通じない事はあるだろうが、蛮族どもも横のやりとりを出来るように他部族の言葉が分かるやつが結構いるらしいからな、どうにかなるだろ」

 するとガーネッドが、ダン、といきなり床を叩いた。

「ならあたしも行くわ」

 セイネリアはそれに即答で返す。

「お前はこっちで情報集めの指揮をとってもらいたいんだが」

 だがガーネッドそこで引かない。自信満々に笑ってみせるとセイネリアの肩に腕を置いて顔を近づけてから言ってくる。

「でもあたしも2つの部族の言葉ならわかるわよ。そっちが連れてくのがどの部族の言葉を分かるのかは知らないけど、蛮族の事を知る人間の数が多い方が現地で困らない可能性は高いでしょ?」

 セイネリアは考える。確かにそれなら連れていく意味はある、が……。

「じゃ、決まりね。どうせここから北に行くなら商人のフリをしたほうがいいでしょ? あたしの名前で商売の許可証もとってるし、あたしが一緒の方がいろいろスムーズよ」

 いうとこちらの返事を待つことなく、彼女は立ち上がって忙しそうに準備を始めた。セイネリアはエーリジャと思わず顔を見合わせたが、その途端赤毛の狩人はぷっと吹き出して、君の負けだね、と呟いてきたからセイネリアも諦めた。




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