黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【66】



 エルとヴィッチェが買い物に出かけてからそこそこの時間が経った後、市場前の外壁沿いで帰りを待ってきたセイネリア達のもとに荷車を引いた商人たちがやってきた。

「グローディのレッキオ様はこちらでよろしいのでしょうか?」
「あぁそうだ」
「注文の品を届けに来ました」
「後ろの荷馬車の方に積んでくれ。セイネリア、手伝ってやれ」

 レッキオに言われてセイネリアは商人達を引き連れ、行きにディエナの荷物を入れてあった荷馬車へと向かった。そうして荷馬車の前までくると、傍にいたエーリジャを呼び付けて一緒に重そうな荷物を持って荷台の中へ入っていく。すぐに商人達も別の荷物を持って中へと続く。

「ご苦労だったな」

 先に中へ入ったセイネリアが商人達にそう声を掛けると、その中では小柄な影が頭のフードを取った。

「まったくよ。そっちのにーさんはともかく、あんたくらいの背の奴を探すのは苦労したわよ、しかも馬が乗れる人間って注文つきだし」

 フードから出た銅色の髪を軽く指で梳きながら、ガーネッドは文句を言って後ろにいる二人に顎で指示を出した。そうすれば二人はフードつきのマント自体を外して、いかにも冒険者らしい恰好の姿を晒すとセイネリア達の方を不安そうに見てきた。

「俺たちの役目はここであんた達と入れ替わってキエナシェールにいく……だけでいいんだな?」
「あぁ、グローディ領に入ったらすぐ迎えがいるから、盗賊が出て来て戦闘という事態にもまずならない筈だ。俺たちのふりをしてキエナシェールの領主のところまでいくのがお前たちの仕事だ」

 スローデンがセイネリアのことを警戒しているとすれば、この街を出るまで――へたをするとグローディ領に入るまでは監視をつけると思われた。
 だが当然、こちらとしては折角敵地に乗り込んで何もせず帰るなんてのはありえない。そのための対策として帰ったように見せてくれる身代わり役をガーネッドに用意して貰っておいたという訳だ。

「それで何事もなく領主の館までいけたら支援石を返してもらえるんだな?」

 しかもその役目は例の盗賊としてスザーナに雇われ、シャサバル砦の襲撃で生き残った者の中からという注文を付けた。なにせ今回の身代わり役にはしっかり秘密を守ってもらわなくてはならない。冒険者支援石を取り上げられている手前、彼らなら情報を漏らしたり裏切る可能性はまずないだろう。

「あぁそうだ。ただ実際返すのは俺たちがキエナシェールに帰ってからになる。それまで待っていたいというなら飯と寝床くらいは向こうで用意してくれるそうだ」
「分かった」

 ほっと息を吐いた二人は、脱いだマントをこちらに差し出す。セイネリアとエーリジャはそれを受け取って自分達の装備を脱ぎ始める。互いに外から見える範囲の服と装備を交換してフードまで被れば、ぱっと見なら誤魔化せそうではあった。

「俺も弓は使えるからいざという時も恰好だけはどうにかなる」
「それならいいね」

 どうやらガーネッドはかなり本人に合わせた身代わり役を探してくれたらしい。こちらはマントとフードで誤魔化せる程度に背格好が近い人物という指定しかしなかったが、他にも合わせられるだけ合わせようとしてくれたようで、セイネリアは自分の身代わり役の男を見て苦笑する。

「いい具合に黒髪か、バレにくくていいな、助かる」
「そうよ、あんたよりちょっと背は低いけど遠目なら分からないでしょ」

 やはり苦労したせいか偉そうに言ってくるガーネッドに、今回は素直に感謝の言葉を返しておくことにした。

「あぁ、ここまで合わせてくれると有り難い」
「お礼はあとで期待しておくわ」

 肩に寄りかかって意味ありげな笑みで見上げてきた女に、セイネリアも顔を近づけて小声で返す。

「期待してくれ」

 そうすれば目の前にいたセイネリアの身代わり役の男が咳払いをしたから、ガーネッドは眉を寄せて離れていく。セイネリアはそれを軽く笑って視線を男の方に向けた。

「馬は乗れるのか?」
「……あぁ、騎士を目指していたからな」
「なら姿勢も大丈夫だな」
「当然だ」

 どうやら性格も割合真面目な人間らしい。言うだけあって姿勢のいい男の背中を叩くと、セイネリアは軽く耳打ちをした。

「貴様が信用出来て腕もそれなりに使えそうなら、グローディ卿に雇ってもらえるか聞いてやってもいいぞ」
「……本当か?」

 男の顔色が変わる。

「あぁ、この仕事をちゃんとやり遂げられたならな」

 そうすれば男はこちらに頭を下げてくる。彼らは支援石を返して貰えても他の連中の手前、当初の約束の半年後までは冒険者としての仕事は出来ない。そこで貴族に雇ってもらえるなら有り難いに違いない。特に騎士を目指していたなら貴族につながりを持ちたいだろうし、彼が積極的にいい働きをしてくれようとする事はまず疑いない。

「なら行くぞ」

 セイネリアの言葉と同時にその場の空気が緊張を纏う。
 それぞれ自分の服装を再度確認すると馬車を降り出す。
 まず先にセイネリアとエーリジャ、それからガーネッド。降りてからはエーリジャとセイネリアはガーネッドの後ろについて、最後に出てきた身代わり役の二人に頭を下げた。その二人は軽く手を上げるとそのままセイネリアとエーリジャが乗っていた馬の方に向かっていく。それを見届けてから本物二人の方は荷車を持つとガーネッドについて市場へと歩き出した。




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