黒 の 主 〜冒険者の章・八〜 【64】 ザウラを非難してグローディ側の正当性を主張するなら、ロスハンがザウラによって暗殺されたと証拠を出して主張するのが一番いい。だがそのためにはまず、暗殺を実行した連中を特定する必要があった。……これだけ手際がよく、残忍に殺すことが出来て、なおかつ外部にまったく情報が漏れない連中でボーセリング卿がかかわっていないとなれば候補は限られる。蛮族の中には暗殺を生業としているような一族もいるという――それはあくまで予想の一つであったが、スローデンが傍に蛮族出身者を置いているならその可能性はかなり高いだろう。 あまり期待してはいなかったのだが、蛮族にはある程度詳しいエーリジャに念のため隠れて見ていてもらっていただけの意味があったという訳だ。 「まぁその話は戻ってからでいいさ。ただそうなると明日はかなりの強行軍になりそうだな」 「……君に付き合ってる段階で覚悟はしてるよ」 「いい心がけだ」 「本当に人使いが荒いなぁ」 いつも通り、明るい声で愚痴を返してくる赤毛の狩人だが、言った直後に少し表情を曇らせたのを見てセイネリアは聞いてみる。 「不満があるのか?」 それにエーリジャは笑う、いつも通り歳上らしくない屈託ない顔で。 「そんな事はないよ。……ただ少し思ったんだ、君はザウラ卿のやり方を批判したけど、この国の体制を変えたいって思ったら、君がザウラ卿ならどうするんだろうなって」 随分とらしくない事を聞く――そうは思ったが、茶化しているようには見えなかったからセイネリアは答えた。 「そうだな。最初から王を倒す気なら、俺だったらまず領地を広げるなんて目立つ事はしない。地方領主が派手な動きをすれば力をつける前にさっさと潰されるのがオチだ」 「でも田舎の一領主がイキナリ反旗を翻しても失敗は確実じゃないかな」 「勿論、だから反旗を翻すまでに勝てるだけの土台を作り上げておく必要がある。基本は王に不満がある者に声を掛けて協力者を増やし、王側に付かれたら面倒な連中は動けないようにしておく」 「スザーナのように?」 「そうだ。土台が出来たら、あとは出来るだけ王位継承順位の高い何者かを神輿にして正式に反乱軍を立ち上げればいい」 「簡単にいうね」 「当然、実際簡単にはいかないだろうな」 全ては王に気づかれるまでに十分な土台が出来上がるか勝負ではある。それが出来てもクリアしなくてはならないハードルはいくつもあるし、武力衝突が起これば最初の戦は何があっても勝たなくてはならない。口で言う程簡単ではない事など承知している。 「……でも君ならやれそうな気がするから怖いね」 エーリジャの苦笑は少し硬くて、いつものように軽く流すような様子ではなかった。こういう話は嫌いだろうに何故聞いてきたのかと思うところだが、別にそんな事を追及する気はセイネリアにはなかった。だからこちらから茶化しておく。 「ま、今のところやる気はないな。今の俺にはそこまでやる理由も立場もない」 それでエーリジャの表情から硬さが取れる、軽いため息と共に。 「……やっぱり君は物騒な男だね」 「今更だ」 強くなって自分と言う人間の価値を作る事――セイネリアの現状の行動原理はそれだが、自分の価値とは地位や権力を指している訳ではなかった。一番の目的は自分の生きる意味を見つけることであり、何かを掴んだと実感しこの心を満たす事である。 少なくとも今のところ、地位を得て満たされた顔をしているのはロクでもない人間ばかりでマトモな人間は地位に伴って多くの何かを諦める姿しか見ていない。そんなのばかり見ているからセイネリアは権力者に自らなりたいとは思えなかった。 「そうだね、確かに」 エーリジャも笑ってそう返すと以後黙って歩いた。 不満そう、というのとは違うかもしれないが、彼は彼でひっかかるものはあるのだろう。 彼が自分のやり方と合わない事は最初から分かっていた事だ。だから彼に不満があったとしてもそれはまったく不思議ではないし当然だとも言える。ただどうしても出来ない事なら言ってくるだろうから頼める仕事は頼む、今はそれだけの話だ。 --------------------------------------------- |