黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【63】



 怒らせるつもりでわざと馬鹿にしたのだから相手がどれだけ凄もうとセイネリアの笑みが変わる事はない。そのまま軽い口調で考える素振りをしながら言ってやる。

「領地を広げて王も無視出来ないくらいの力を持てば国に対して発言力を持つことが出来る……ザウラ卿の狙いは大方その辺りだろ?」

 思った通り、向こうは返事をしてこない。だがこの場合、返事が出来ないのはほぼ当たっていると考えていい筈だ。
 セイネリアはわざと逸らしていた視線を相手に合わせて、今度は口調を強くして言う。

「そこがだめだ。それじゃ結局は一領主のちょっとした野望止まりだろ。今のこの国の体制を批判してそれをどうにかしたいなら、最初から王を引きずり下ろしてやるくらいの覚悟がなければ話にならない。せめてクリュースから独立するくらいの気持ちがあるならマシだが、今の体制の恩恵を受けたまま上層部の改革を目指すなどあり得ないな」

 多分、ザウラ卿の主張と目指すもの自体は『正しい』のだろう。
 だが考え方が貴族の範囲に収まってしまっている。改革には痛みが伴う、権力を持っている側を正そうとするなら、都合よく今の体制のまま悪い部分だけを排除なんてのは無理だ。一度全部良いモノも悪いモノも壊してから再構築する必要がある。それには相応の犠牲を払って反逆者の汚名を着るだけの覚悟が必要だ。

「だが、この国の体制自体は優れているのだからそれを潰す必要はないではないかっ」
「上に立って全部潰してから、前の良い部分は再利用すれば良いだけだ」
「スローデン様はこの国を混乱に陥れたい訳ではない」
「成程、国を背負ってうまくやれるまでの自信はないという事だな」
「貴様ぁっ」

 セイネリアは笑って見せる。男は更に殺気を強くする。
 この男にとってスローデンは絶対で、彼を否定する事などあり得ないのだろう。別にこの男本人の話ならそれでいいがセイネリアはこの男とは考え方が違う、一緒にスローデンを崇める事は出来ない。
 ただ、この男も本来は有能であるのだろう――自分が感情的になりすぎたのが分かったのか、三呼吸程の間の後に今度は落ち着かせた声で言ってくる。

「……分かった。つまり、貴様はスローデン様につくことはない、あくまで我々に敵対するという事だな」
「そうだな、グローディに手を出すというのなら俺は敵と思ってくれ。どうする? ここで俺を殺すか?」

 また揶揄うように言えば、男のため息が返された。

「いや、ここでお前を殺せという命令は受けていない。せいぜい後でこちらの申し出を断った事を後悔すればいい」
「そうだな、ぜひ後悔させてくれ」

 言えば男はまたクっと自嘲気味に笑った後その場から消えた。
 セイネリアは一応暫く周囲を警戒して立っていたが、見張りの兵が帰ってきたのを見て完全に先ほどの男はいなくなったと判断する。
 そうしてまた剣を振り始めれば、今度は予定通りの人物が姿を現した。

「殺す気はなかったみたいだね」
「今はな。なにせここで俺が死んだら向こうの責任だ」
「確かにね」

 気配を殺して出てきたのは赤毛の狩人で、彼は肩を竦めるとこちらから5歩程離れた場所で足を止めた。

「……でも、君が力ずくで本館の方に侵入しようとした、とかの理由をつけて殺す可能性もあったんじゃないかな?」
「向こうはまだ俺の事をさほど重要視はしていない、そこまではやらないだろ」
「そういうものかな」
「そういうものさ、現状、俺の事は見下しているだろうしな」

 いくらセイネリアの腕を買ってようが、頭の方を認めていようが、所詮貴族様にとってセイネリアは見下すべき存在だ。自分の能力に自信があるなら特に、格下相手になりふり構わないような手は使わない。特に現状、向こうはずっとこちらの先手を取っているのだからそこまでするのはプライドが許さないだろう。

「……で、エーリジャ、あんたから見て何か分かった事があったか?」

 そこで呆れた様子で苦笑しているエーリジャに聞けば、彼は少し考えた素振りを見せて呟くように言ってきた。

「そうだね……ちょっと自信はないけど、多少心あたりはあるかな」
「やはり、奴は蛮族出身者か?」
「多分ね、はっきり部族の特定は出来ないけど、候補は出せるよ」
「十分だ」

 セイネリアの唇が笑みに歪んだ。



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