黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【62】



 とりあえず、動きと気配からすれば向うも相当の手練れであるのは間違いなく、スローデンの護衛を兼ねた腹心の部下……という予想はほぼ間違っていないだろうと思われた。

「褒めてもらったと思えばいいのか?」
「そうだな、そう思ってくれていい」

 言って相手は持っている剣を下した。セイネリアも剣を下す。近づいてくる気配はないからこのままいざという時にも対応できる距離で話す気だろう。セイネリアもここでこの男と命のやりとりをする気はないから近づこうとはしなかった。

「お前の噂はいろいろ聞いている。腕も化け物だが頭も切れる、盗賊騒ぎの収め方は大したものだ」
「なんだ、あんたは俺を褒めるためだけに出てきたのか? 俺は礼でもいわないとならないところかな?」

 今度もまた茶化して返せば、向こうはまた喉を鳴らして笑い、それから楽しそうに聞いてくる。

「仕える陣営を変える気はないか?」

 それ自体は予想していた言葉ではあって驚きはない。スローデンがこちらの思う通り領主としては有能で、若い連中を身分を考えず取り立ててやっている――というなら、まずそう言ってくるのは容易に想像出来た。

「俺にグローディを裏切ってそっちに付けと?」
「そうだ、噂からすれば恩や情に流される人間ではないと思うが」
「そうだが、契約違反をすると冒険者としてあとあと不利になるからな」
「なら冒険者など辞めればいい。お前が本当に有能なら、スローデン様が見合った役職に取り立ててくださる」

――どうやらスローデンは本当に良い領主様らしい。

 身分に拘らず実力主義で役職をくれる――それはもう、やる気のある若い連中なら心酔して忠誠を誓うだろうとはセイネリアも思う。こういうのは敵に回すと厄介なのは確かだ。
 セイネリアが黙っていれば、しびれを切らしたのか向こうがまた話し始めた。

「この国の制度自体は素晴らしいが、上にいる連中は腐っている。いくら有能でも平民出は国の重要な地位につくことは出来ないのに、貴族というだけで無能でも役職を貰えて国に寄生出来る、バカバカしいと思わないか?」

 これはこれは――セイネリアは思わず考える、このセリフは自分ではなくザラッツに聞かせてやりたいと。

「俺にこの国の腐敗ぶりを話してもどうにもならんぞ」
「スローデン様はそんな体制を変えようとしている」
「それはまたご立派な志をお持ちだな」

 向こうの真剣な声を、だがセイネリアはやはり茶化して返した。僅かに苛立った気配が返ってきてセイネリアは笑った。

「もう一度聞く、貴様もスローデン様に仕える気はないか?」
「ない」

 今度ははっきり断れば、向こうは少し間をおいてから聞き返してきた。

「……何故だ? グローディに恩があるのか?」
「なくもないが、別にそれが理由じゃない」
「なら何故だ?」
「そうだな、理由は二つある」
「……それは何だ?」

 この男は相当にスローデンに心酔しているのだろう。これだけ素晴らしい人にどうして付きたいと思わないのか――セイネリアに対してそれくらい考えていそうではある。

「一つは単純に、一度契約したものを裏切るのは主義じゃない。そしてもう一つはもっと単純な理由で誰かの部下になる気はない」
「グローディの下についているのにか?」
「グローディ卿とはただの契約だ、報酬と引き換えに一定期間雇い主の為に働くだけで契約が切れたらそれまでの関係だな。……だが、そっちに付く場合はそういう話じゃない、いわゆるザウラ卿に忠誠を誓えという話になるんだろ?」
「……当然、そうだ」
「ならお断りだ、ザウラ卿が俺でも膝を折りたくなるほどの人物ならまだしも、所詮貴族様思考から抜けられないお坊ちゃんあがりに仕える気はない」

 思った通り、その言葉と同時に向うがあきらかな殺気を見せる。

「……貴様、スローデン様を侮辱する気か?」





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