黒 の 主 〜冒険者の章・八〜 【59】 門をくぐって建物へ続く道を行き、そうしてずらりと兵が並ぶところで前に出ている兵の一人が手を上げて停止を促してきた。 先行していたセイネリアとレッキオが馬を止める。続いてディエナが乗る馬車が止まって、その後に続く者達の馬が列を崩さないまま止まった。 並んでいたザウラの兵達が隊列の中央を開けて、ザッと一斉にそちらに向けて体の向きを変える。そこへ護衛を引き連れてやってきたのは……どう見てもあれがザウラ領主スローデンだろう。領主様自らお出迎えかとそれには少々驚いたが、こちらにいる全員を見るためだとすれば納得は行く。 セイネリアとレッキオは馬から降り、レッキオは馬車に向かうとドアをノックしてディエナに開ける事を伝えた。そうしてスローデンが並ぶ兵達の一歩前あたりの位置まで来て足を止めたところで、レッキオは馬車のドアを開けた。 「ようこそ、お待ちしておりました」 ディエナの姿が現れれば、スローデンは頭を下げる。それに合わせて整列した兵士達も一斉に礼を取る。これは兵の方も相当に鍛えて意識改革をさせているのだろうなとセイネリアも思うしかない。 ――お手本のような良い領主様というところだろうな、ここの民にとっては。 ディエナはレッキオに手を取られて馬車から降りると、背筋を伸ばして堂々と胸を張り、スローデンに向けて微笑んでからドレスの裾を掴んで深々とお辞儀をした。 「ご招待頂きありがとうございます、ザウラ卿。領主様自らのお出迎え頂き大変恐縮いたします」 声は硬いが彼女の笑顔も動作もきちんとできている。少なくともスザーナ卿に初めて会う時よりは落ち着いているとみていいだろう。 「いえ、無理を言ってまで貴女に会いたかったのは私の方ですので出迎えるのは当然の事でしょう。ただもしよろしければ、折角皆揃っているところですし、お付きの者達の紹介をして頂けないでしょうか?」 スローデンも笑顔でディエナに言うと、ちらとこちらを見る。ディエナも笑顔でそれを了承し、まずは傍にいたレッキオと侍女のリシェラを紹介した。次にここに残るもう一人の侍女兼護衛であるレンファンの名を告げて、それから――。 「では次に護衛兵の紹介をいたします。まず、こちらにいる者の名はセイネリア」 言われて自分とレッキオの馬を見ていたセイネリアは一歩前に出て頭を下げた。だが、それで元の位置に戻ろうとしたセイネリアにスローデンから声が掛かった。 「セイネリア、確かその名は前に父から聞いた事がある」 なかなかのタヌキぶりじゃないか――どうせバレているのだろうと分かっているから、セイネリアは頭を下げたまま答えた。 「はい、以前グローディ卿からの文書を渡すためにここへ来た事があります」 「なるほど、そういえば父からそれで聞いた名だな。父の話だと雇われた冒険者だという事だったが、今は正式にグローディに仕えているのだろうか」 「はい、今はまだ期間契約中ですが」 「なるほど、試しの段階という訳かな」 こんな重要な役を任されている手前、出まかせでもちゃんと主従契約をしていると言っておく必要がある。単なる今だけの雇われ冒険者だと言えばグローディの恥となるからだ。 「そういえばその名は冒険者としても聞いた事があるな、相当の腕だとか。グローディ卿はよい男を部下に出来たようだ」 セイネリアはそれにはあえて答えず後ろに下がった。スローデンもそれ以上何かを言う事もなく視線を次の紹介者へと移した。ディエナは何事もなかったように他の者を紹介していき、スローデンは以後はセイネリアの時のように言葉を挟む事はなかった。一通り説明が終われば、ここへ残るディエナと侍女役の二人だけがスローデンについてくるように言われて屋敷の中へ入って行く。 彼らの姿が見えなくなれば、ずっと整列をしていた兵士達の隊列が崩れてそれぞれの配置場所へと散っていき、一部がこちらに近づいてきた。 「ディエナ様の荷物はこちらへ降ろしてください。我々がお運びしておきます。それが終わったら私が皆様を部屋へ案内いたします」 兵の一人がレッキオの前に立って礼を取りながらそう言ってくる。レッキオも礼を返してからその男に尋ねた。 「これからのディエナ様のご予定は?」 「まずはお茶会が催される予定です。その後にお部屋の方へ行って頂いて、夕食までご休憩して頂く事になっています」 「なら、休憩の時にお会いする事は可能だろうか?」 「それは出来ません。ここについた時点で貴方がたの仕事は終わっています。以後、ディエナ様につきましてはこちらで責任をもってお世話させて頂きます」 レッキオは顔を顰めたが、それ以上問う事はなく引き下がった。 向うとしては、ディエナを引き渡した時点でこちらは用なしだから会う必要もないという事だろう。そう言われる事は想定していたから別段驚く事ではない。ディエナに言うべき事はいってあるし、いざという時のものも渡してある。 ただ、スローデンがセイネリアに対してあれだけで終わりにするのかは、かなり怪しいところだとセイネリアは思っていた。 --------------------------------------------- |