黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【58】



 ディエナの滞在について了承を返せば、ザウラ側からそれについてのお願い……という形の条件が返ってきた。
 まずディエナと共に滞在していいのは侍女一人だけで、その他は全てこちらに任せてほしいという事。ただしディエナを送り届けるためについて来る護衛のグローディ兵達については疲れているだろうから一晩のもてなしは約束する。つまり、一晩だけは泊めてやるが翌日にはさっさとグローディに帰れという訳だ。

 スローデンがセイネリアの名を知っているとするならば、顔を見てやろうとは思っているが領主周りをじっくり調べる程の機会は与えてやらない、というところか。
 だからここで問題となるのはディエナについていける侍女の選択になるのだが。

「カリンはスオートを守ってください」

 侍女、という言葉が出た途端にディエナはまずそう言った。

「どれだけ最悪の事態になってもスオートが殺される事はあってはならないのです。あの子も懐いていますし、カリンにはそのままスオートを守ってもらいたいのです」
「だが今回は俺がこちらにいる」

 セイネリアはそう言ったが、ディエナはそれでも首を振る。

「貴方が自由に動けなくなるのはだめです、貴方は思った時にすぐ行動出来る状態の方がいいと私は思います」

 セイネリアとしても今回は少々迷うところではあった。カリンをザウラの屋敷に置けるのならいろいろ調べさせる事が出来るし、もしディエナが人質として使われる事になっても脱出させることが出来る可能性が高い。
 だがそうすればセイネリアは動く時に必ずスオートを連れて歩くか、あの少年の身を守る対策を考えてから動かなくてはならなくなる訳で確かに少々面倒ではある。エデンスを傍に置いておけばいつでも逃げられるとは言っても、彼では毒や咄嗟の事故には対応できない。少なくともエーリジャも付ける必要があるし、この二人をこちらが自由に使えないのもかなりのデメリットだ。
 早い話がどちらもメリットとデメリットがあるから、どちらを選んでもそれに合わせて動けばいいとも言えるのだが……。

「なら侍女役は……」

 セイネリアがそれでレンファンを見れば、彼女は顔を顰めた。

「行くのは構わないが、正直カリン程完璧にディエナの身の回りの世話は出来ないぞ」

 それにはディエナがくすりと笑う。

「ではもう一人本職の、私の元からの侍女のリシェラを連れて行きましょう。レンファンは私の護衛を兼ねた侍女で、他所の地は心細いから彼女も一緒に連れて行きたい……と私がザウラ卿に手紙を書いてお願いしてみます。少なくとも向こうが紳士を装っているのでしたら断らないと思います」

 どうやらスザーナでつけた自信は相当に彼女を変えたらしい。この分ならカリンがいなくても彼女自身にザウラ卿スローデンを探る事を頼めるだろう。頭がキレそうなあの男にもどうにかボロを出さずやり切れる――実をいえばカリンを彼女につける一番のメリットは、彼女がどうすればいいか分からなくなった場合にもカリンがフォローできるという点だったのだがその必要もなさそうだ。

 向こうから誘って来たのだから当然であるが、こちらが都合の良い日の候補を出せば一番早い日付で決まって、すぐにザウラ行きに関する具体的な話はまとまった。
 今回も基本はスザーナ行きと同じ構成で――ただし、カリンとスオートやララネナは今回は連れていかず、代わりにシャサバル砦で二人程兵を追加していく事になった。






 ザウラ領都クバンの街、そしてその中心にあるザウラ領主の館。セイネリアにとってはここに来るのも二度目であるから、今回は護衛の名簿に偽名を使わなかった。それで館の門をくぐるのを拒絶されはしなかったから、向こうは分かっていてこちらを入れたのだろうと考える。

――かなり手を入れているな。

 門に入ってすぐ見えた部分だけでも随分前と様子が違う。警備兵の数が多いし、彼らの態度も前よりきびきびしている。この辺りでは一番領都が栄えているとは言っても首都からすればザウラも田舎領扱いではある。前は田舎領らしく警備兵たちもどこかのんびりしていたが、今いる兵達の表情は引き締まっていて動きもいい。全体的に若い兵が増えているのを見ると、新しく腕の立つ若者を兵に取り立てたか。その辺りの情報は後で街で仕入れるとしても、これだけでもザウラ領主スローデンが優秀であるというのは分かる。

 兵だけではなく建物も多少増築がしてあって見張り台が増えている。屋敷を守る城壁は確実に前より高く立派になっていた。この短期間でかなりの手際だと敵ながら感心する。

――いざという時の準備も万全というところか。

 スローデン側は領主になってからずっと準備を進めてきて、グローディ側は今更気付いてバタバタ対応しているという状況だ。この差を覆すのはなかなかに難しいが、付け入る隙がないとは限らないだろう。





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