黒 の 主 〜冒険者の章・八〜 【57】 スザーナとの不可侵条約を結ぶ……等と言う大役をやり終えてきたディアナは、グローディの屋敷に帰った後、すぐ病床のグローディ卿に報告に行ってそこで相当に褒められたらしい。 『お爺様があんなに褒めてくださるなんて初めて』だったそうで、母親と楽しそうに話す姿を見たというのはカリンからの報告だった。今回の件でディエナは自信を持ったらしく、積極的に屋敷の周囲を歩いて警備兵から話を聞いたり、文官達にも話を聞いて彼らの仕事についても勉強をするようになった。グローディ卿は病に伏し、父が死んだ今、弟が家を継げる歳になるまでは自分がグローディを背負わなくては、くらいには考えているのかもしれない。 どちらにしろ、彼女の変化はグローディにとっては良い事だろうとセイネリアは思う。 だが……それを良いニュースとしても、現在のグローディの立場は少しも楽観出来るものではなかった。 「確かに、最近キエナシェールを通る隊商は減っている……のかもしれません。シャサバル砦からの報告で護衛を出した回数は減っています。ただそれは、盗賊が出なくなったという噂を聞いてのものだと思っていたのですが」 ザラッツが眉間に皺を寄せて考えている。 セイネリア達がスザーナから帰ってきたのは昨日の夕方で、ディエナの報告は昨日のうちにしたものの、今日の昼過ぎになってセイネリアだけがグローディ卿に呼ばれ、今回の報告と状況の確認をすることとなったのだった。 現在ここはグローディ卿の寝室で、グローディ卿本人とザラッツ、そしてセイネリアの三人だけがいた。 「まずは調査にいかせます。実際どれくらいこちらへくるのをやめている隊商がいるのか」 「あぁ、後、クバンまでの街道に出ていた盗賊の大きな組織をつぶした、というところまでは公表しておいたほうがいいかもしれない」 「そうですね……」 セイネリアが言えばザラッツはため息をつく。この件に関しては、セイネリアとしてもスザーナ行きを急いだせいで後手に回ってしまった感がある。盗賊をつぶしてすぐ、それだけを公表しておけば良かったと今は思う。 ただ……それも難しいところではあった。スザーナ側を疑心暗鬼にさせるためにへたに公表しないでおくのもありだと思った事で、あえて黙っていたというのもあったからだ。 「まずあの腰が重そうなスザーナ側をうまくこちらにけしかけてきたところといい、ザウラの新領主はなかなか頭がキレる人物と思っていいだろう」 そのセイネリアの言葉に、ベッドで寝たままのグローディ卿が呟いた。 「そうだな、長子のスローデンはワイアードの自慢の息子だった。聡明だとは聞いていた。実際……もう10年以上前だが、見た時は行儀のちゃんと出来た賢そうな子供だった」 「弟と違って?」 皮肉げにセイネリアがそういえば、グローディ卿は自嘲気味に笑った後、ため息をついた。 「……そうだな、その時に弟の方を見て後悔したものだ」 その『後悔』はおそらくザウラの馬鹿息子とディエナを婚約させてしまった事だろう。グローディ卿と前ザウラ卿は仲が良かった、そのせいでディエナが生まれた時に割合軽い気持ちで歳の近いザウラの馬鹿息子と婚約をさせてしまったらしい。 今回の仕事でグローディ卿の部屋へ来てこうして話し合いをしたのは実は3度目だが、ザウラの領主が怪しいという話になってから、グローディ卿はことあるごとにディエナの婚約の件を悔いる発言をしていた。 ……多分、それは実際の悔いている気持ちとは別にもう一つ意図があるのだろうが。 だが、今回はその話はいつものグローディ卿の自嘲だけでは終わらなかった。 「だがここで、ザウラからまたとんでもない手紙がきてな」 言って、ふん、と荒い息を吐いて顔を顰めるグローディ卿の代わりに、その先はザラッツが続けた。 「手紙の内容は――ディエナ様の婚約者であるザウラ卿の弟君が国内で不祥事を起こしたため、こちらに対して申し訳ないから婚約を破棄して欲しい、という事と……代わりに、ディエナ様にはザウラ卿自身と婚約してほしい――という内容が書かれていました」 それにはセイネリアでさえ一瞬、驚いた。 けれど考えればすぐにその意図に気づく。なるほど、そうきたかと、向こうのやり方に感心して思わず声をだして笑った。 --------------------------------------------- |