黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【56】



 ザウラ領都クバンの街は今日も賑わっていた。
 ここから北は大きな街がないだけあって隊商は皆ここを拠点として奥地の村へ一部を派遣したり、逆にそこから珍しい鉱物や獲物を仕入れてきたりしている。少なくともこの周辺の領地ではここクバンが一番栄えている街と言って差し支えないだろう。

「スザーナ卿は妙な悪知恵がついたようだ」

 スザーナからの手紙を読んだ後、窓から暫く街を眺めていた現ザウラ領主スローデンはそう呟いた。

 手紙の内容は、盗賊をやとっていた事をグローディに知られ、それで脅されて仕方なく不可侵条約を結ぶ事になってしまった――早い話がそういう言い訳な訳だが、これでこちらはこれ以上グローディに手を出せなくなった、というのに関してはきっと笑って書いていたに違いないとスローデンは思う。これであとは何があろうと黙って傍観に回るつもりだろう。

「乗せるまでに手間をかけたんだが……まぁ仕方ない」

 ケチで頭の固い男は最初は疑い深くて動かすには苦労した。ただスザーナの昔から悩み――首都から人が来ない貧乏田舎領という部分を突いて、その脱却のための案をいろいろ提示してここまで動かした。動かし難い分、一度乗せれば躊躇しなくなるのは良かったのだが、どうやらうまく目を覚まされてしまったらしい。

「きちんと周りの情報を集めていれば良い兆候が出ているのにも気付けたろうに。まったく年寄りはせっかちだ」

 長く苦しんでいたことがそんなにすぐ解決できる訳がない。やっとスザーナ側にも首都からの隊商が来るようになったところでそれを無に帰すのだからせっかちは損だとスローデンは笑う。

 どちらにしろ、ここでスザーナが使えなくなったとしてもスローデン的には大した問題ではなかった。最初からあまり期待していなかったというもあるが、最低限の役には立ってはくれた。ただ……スザーナ自身はそれでいいとしても、問題は別にあった。

――グローディから使節としてスザーナに送られたのは長女のディエナだ、たかだか16歳の娘がスザーナ卿を丸めこんだというのなら……考えるところだな。

 ディエナはスローデンの弟であるレシカの婚約者である。グローディを乗っ取る計画として、彼女より上の継承順位の者を殺してレシカと結婚をさせるつもりだったが……実は頭の切れる才女だったとなると問題である。我が弟ながらレシカは無能で、頭のいい女ならいいように操られるだろうことは想像に難くない。
 外を眺めながらもスローデンは考える。頭のいい女だというなら一度会って見定めてみる必要もあるか……。

「そうだな、どうせ動かないというならスザーナはお望み通りすぐにでも切り捨ててやろう、それていいだろ、ジェレ?」

 言いながらずっと壁際に立っていた青年に話しかければ、彼は神妙な顔で一歩前に出るとお辞儀をした後に返事を返した。

「はい、スローデン様。あのケチな小男はもう役に立たないでしょう。それにどうせ、こちらが有利になったと見ればまた尻尾を振ってきます」
「先を見るだけの頭も博打を打つだけの度胸もない男では、どちらにしろ重要な局面では使えないし、ここは放っておく」
「はい、それが良いです」

 ぱっと見で蛮族出身者と分かる小柄な青年は、再びスローデンに向けて頭を恭しく下げる。

「ついでにレシカだ……まぁあいつの悪いネタはいくらでもあるからな、少し追い込んでみるとしよう」
「弟君をどうされるのですか?」
「何、あの馬鹿のままだとあまりにも使えないからな、少し反省させて……それでマシになってくれればいいが、だめだったら切り捨てる」

 馬鹿な上に努力もしない人間はそれだけで罪だ――スローデンは昔から弟の事をそう思っていた。それでも領主の弟という駒としては使えるかと放っておいたが、馬鹿過ぎて使えないなら存在自体が邪魔になる。

「血のつながった弟君を切り捨てるのですか?」
「兄としての情けだ、チャンスはやる。それに愚弟をどうにかしてやりたいという兄心もある」
「お優しいことですね」
「思ってもいない事はいわなくていいぞ、俺も笑いたくなるだろ」

 言いながら笑ってスローデンは椅子に座る。ジェレという青年は笑っていたが、スローデンが机に座れば頭を下げてまた壁際にまで下がった。

「さて、向こうはどう出るかな」

 スローデンはペンを取り、早速グローディ卿あての手紙を書き始めた。




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