黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【55】



 それでセイネリアがちらと様子を窺えば、文句を言っていたエルの顔が少し崩れた。

「まーそういうことなら仕方ねーけどよ」

 照れ隠しのように視線を逸らして、微妙に口元を歪ませる辺りはやはり分かりやすい男だ。

「面倒な他の警備連中や女中達とのやりとりもお前なら上手くやるだろうし、なにより神官のお前なら向こうの兵士連中が敬意を払ってくれるからトラブルになりにくい」
「お、おーよ。そりゃまーな」

 褒めると機嫌がよくなるエルだが、少し褒め過ぎたらしく耳が赤い。
 ディエナは笑わないように口を押さえているが、その様子から相当おかしいのは確かだ。
 ただセイネリアも今回は彼に警護役を押し付けた分、自分が街に行っていられたというのはあるので、褒めるだけではなく最後に一言いっておく。

「借り一つとしておいて、後で返してやる」

 顔を見せないように明後日の方を向いていたエルがそれでこちらを向いた。

「本当か?! おー、そんならいいことにしてやるよっ」

 歯を見せて満面の笑顔でそう言ったエルに、ディエナは抑えきれず笑ったが……セイネリアは思っていた、本当にこんな単純で善良な男がよく自分と仕事をしているものだ、と。






 午前中の露店街はそれなりに人通りが多い。

「ね、これ可愛いと思いません?」
「ふむ、悪くはないが少々その……フリルがちょっとその恰好とあわないかと」
「あぁこれはお土産です、相手はリパ神官様なので」
「成程、となるとこっちは……」
「こっちは別ですよぉ、こっちはむさい男用」

 ヴィッチェとレンファンがやけにはしゃいで露店を見ている。そこからぐるりと周囲を見渡してから、スオートは後ろについているアンライヤに視線を戻してにこりと笑った。

「えーと、そのさ、疲れてない?」
「はい、大丈夫です」

 あぁやっぱり可愛いなぁと年上と分かっていても顔が緩むのを自覚しつつ、スオートは彼女もまたヴィッチェ達が見ている露店の品を楽しそうに見ているのに目を細める。

「やっぱり、こういうのって好き、なのかな?」

 見ている露店はアクセサリーや装飾付きのお守り短剣を売っていて、スオートとしてはそこまで興味はないが女性陣は妹のララネナも含めて皆――カリンだけは一歩引いて周囲を見ているようだが――楽しそうに見ていた。

「そうですね、綺麗なものは好きです」
「ふぅ〜ん、どういうのが好きなのかな」
「そこの……赤い石がキラキラ光っているのは綺麗ではなですか?」
「あ、うん、綺麗だね、確かに……」

 実は街に行くならと、姉ディエナから少しだけスオートはお小遣いをもらっていた。最初はそれで母や街に出られなかった姉に何か買っていこうと思っていたスオートだったが……。

「うーん、さすがに高いなぁ……」

 出来たら知り合った記念としてアンライヤに何か買ってあげたいと思ったものの、それを買ったら姉や母へ何も買えなくなる。

「私はね、あれがいいと思うっ」

 そこで唐突に会話に入ってララネナが指さしたのは、石のついていない木彫りの花にピンク色のリボンがついたブローチで、値段はかなり手ごろだった。

「ではそれは私が記念にプレゼントします」

 考えていたらそこでアンライヤがそう言ってきて、スオートは一瞬驚いて思考が停止した。

「ほんと? わー、ありがとうっ」

 はしゃぐ妹を思考停止のまま呆然とみていれば、アンライヤが今度は少し恥ずかしそうにスオートに向けて笑いかけてきた。

「それでその……スザンナには、その隣のリボンが緑色のでどうでしょうか?」
「あ、え、……あぁうん、いいの? う、嬉しいっ、けどっ」
「良かった」

 にこりと、またアンライヤが安堵したように笑ってそれに思わずふにゃっとこちらも笑ってしまってから、急に気付いてスオートは言い返した。

「じゃ、じゃぁ、僕がアンにそっちの水色のリボンのをプレゼントするよ、皆でお揃いにしようっ」

 アンライヤは水色の瞳を丸く開いて、それからまた嬉しそうにほほ笑んだ。

「はい、ありがとうございます」

 そうしてそこからは三人でお揃いのブローチをつけて露店を回ることになる。
 姉と母へのお土産はアンライヤが一緒に選んでくれると言ってくれたおかげで『兄』と母へのお土産となってしまったからちょっと女性用のものではなくなってしまったが……ともかく最後にきちんと別れの挨拶も出来てカタチとして残る物も渡せたことにスオートは満足した。

 ……本当は騙したままではなく本名を名乗りたかったけれど、こうして自分であるという証拠を手にいれたから、いつか次はちゃんと本名で、男の恰好で彼女に会いにこようとスオートは心の中で誓ったのだった。




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