黒 の 主 〜冒険者の章・八〜 【52】 ディエナがスザーナ卿と昼食の会談をしている最中、エル達その他の一行は当然部屋で待機となった。たださすがにカリンとグローディの子供二人は侍女として、あとはヴィッチェとレンファンは性別的にも護衛としてディエナの部屋にいてここにはいない。 「いやまさか、本当の狙いはそっちだったとは思わなかった。盗賊討伐の誓約書は話し合いの場を作るためのダミーだったということかね」 言いながらくくっと笑ったエデンスに、エーリジャが肩を竦める。 「本当にどういう人生を歩いてくればあの歳であんなこと考えるんだかだね」 昨夜の話し合いでセイネリアは初めて、本当の狙いはこちらだと、今まで見せていた盗賊討伐の誓約書ではなく不可侵条約の書類を出した。もちろんそちら側にもちゃんとグローディ卿のサインはあったしディエナが驚いていたから、どうやら彼女にも言わずにセイネリアがグローディ卿に直接用意してもらっていたものらしい。 「ったくいっつもいつも、事が全部終わるまではあいつの意図はわかンねぇ」 上手くいけばいいとは思うがなんだか腑に落ちない気分もあって、やけくそのようにエルはベッドに寝転がって言った。 「あんた相棒なんだろ、それでもかよ」 言って茶化してきたのはデルガだ。彼とラッサは相当長く組んでる相棒という事で、もう互いの考えは口に出さなくても分かる、といつも言っている。……今のエルにとってはちょっと嫌味に感じるくらいだ。 「るっせ、あんな化け物理解できるかよ」 一応相棒だと思ってるし、カリン以外では一番付き合いが長いエルだが、セイネリアが考えている事なんていつもいつも理解出来ない。いや、全部終わって状況を見れば分かるのだが、途中経過は全然わからない。まったくこれだけ付き合った結果が、あいつの考えは訳わからねぇ、なんだからどうにもならねぇよ、というのがエルの感想だ。 「そんなに訳分からないのに組んでるのか?」 今度は聞いてきたのはラッサの方で、エルは起き上がってベッドの上で胡坐をかいた。心の中では『悪ィかよ』と悪態をつきながら。 「俺ァあいつの考えは分からねぇがあいつは俺の考えが分かるみたいだからよ。ンだから策を考える時はこっちの考えを予想した上でやってくれる。なら別に、こっちがあいつを全部理解する必要はねぇだろ」 するとエーリジャが笑って言ってきた。 「つまりエルは、セイネリアをそれだけ信頼してるって訳だね」 「信頼、信頼ねぇ……あー、うん、まぁ、そうだなぁ。とんでもねぇ状況でも、あいつならどうにかできそうな妙な信頼ってのはあるな」 言えば次々同意の声が返ってくる。 「あーそれは分かる」 「うん、確かに、そういう空気があるよね」 「ま、確かになぁ」 正直言ってエルは貴族間の駆け引きや政治的なやり取りなんていうのは分からない。それでもこれでスザーナ卿があの条約にサインをしたら、それはとんでもない成果だというのは分かる。なにせこれで敵はザウラ一つに絞れるのだから。まったく大した野郎だよ、と相棒として得意になる気持ちと同時に、今回の件は本気で自分に仕事が殆どなかったのもあってもやもやも残るのは仕方ない。 「ともかく、味方ならこれ以上心強い人物はいないけど、敵ならこれ以上怖い人間もないって人物だよね」 そのエーリジャの言葉に乾いた笑いを返しつつも、エルは前にセイネリアが言っていた冗談を思い出して少しだけぞっとする。 ――っとに、あいつがヘンな方向に行かないようにだけは祈るしかねぇな。 エルは彼に勝てない事を分かっている。それでももし、彼が人として許せない方向にいったのなら、友人として全力で止めに行くしかないという覚悟はある。 願わくば、そんな日が来ないようにと、これは本当に祈るしかなかった。 --------------------------------------------- |