黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【53】



「えーと……どういうこと?」

 待機中に、部屋を片付けだしたカリンを見てヴィッチェが言ってきた。

「おそらくカリンの行動で正解だ。我々は間もなくキエナシェールに帰る事になる」
「ちょっと、何時そう決まったの?」

 驚いたヴィッチェがカリンに詰め寄ってくる。それにカリンが何か言う前にレンファンも近づいてきた。

「まだだがもうすぐだろう。我々もいつでも帰れる準備はしておくべきだな」

 レンファンが言いながらヴィッチェの肩を叩く。年齢的な面もあるが、彼女には一目置いているヴィッチェは急に言葉の勢いを落として言う。

「それは、貴女の予知……なんですか?」
「あぁ、100パーセントではないが、かなりいい確率だろう」

 ヴィッチェはそれで諦めたようにため息をついた。
 言うタイミングを逃したというのもあるが、カリンはヘタに会話に参加しないことにしてに片づけを続けた。ただどうやらヴィッチェは帰る事に不満なのか、妙に拗ねたように唇を尖らせている。

「なーんか、折角スザーナまで来たのに、私なぁんにもしてない気がする……」

 独り言らしい……だが独り言にしては少々大き目な呟きは、また即座にレンファンに返された。

「護衛が特に忙しくならなかったというのは平穏無事に済んだということでいいことだな」
「それはそうですが……スザーナでの思い出がつっ立ってたか、部屋でごろごろしていたかしかないなんて寂しくないですか?」
「まぁ、それは仕方ない。そもそも仕事で来たのだし」

 ディエナが女性という事で、食事会時やこの屋敷内での移動をする時にはレンファンとヴィッチェが護衛につく事が多かった。例外はセイネリアが護衛についている時で、それ以外はほぼ彼女達が会談中もついていたので、その間に他の者にもらえた自由時間も彼女達にはなかった。
 それを考えれば、ヴィッチェの言い分も分かる、というか気の毒に思う。
 だから少し考えた後、カリンは彼女達に言ってみた。

「もし、今日の会談が上手く行って帰る事になったら、その前に一度だけ皆で街に出かけましょうか?」

 ヴィッチェが急いでカリンの顔を見てくる。

「行きたい! ……けど、護衛は?」
「ここでのやる事が終わった後なら、セイネリア様がついてくださるかと」

 それで大喜びをするヴィッチェを見て、カリンはレンファンと顔を見合わせて笑う。ただレンファンはこっそり、大丈夫なのか、と聞いてきたから、カリンは苦笑して答えておいた。

「多分、大丈夫だと思います」

 カリンは皆とは別にセイネリアと会って定期的にこの屋敷や街での話を報告をしていた。それでセイネリアは、不可侵条約さえ結べば急いで帰ると言っていたからもうここに用はない筈だ。そして明日すぐ帰るにしても朝に出発は手続き上無理な筈だから、少なくとも明日の午前中くらいは自由時間にしても問題ないと思われた。

 そして、この最後の自由時間は何もヴィッチェやレンファンのためだけではなかったから……。

「スオート様」

 声を掛ければ部屋の隅でぼうっとしていた少年は、驚いたようにこちらを見てきた。

「え?」
「あー、兄さまー」

 それで妹に持っていてと言われた毛糸玉を落としてしまったから、妹が不満そうにベッドの上で跳ねる。

「ごめん、ララネナ」

 急いで落とした毛糸玉を拾うものの、妹は拗ねた顔のままだ。
 カリンは彼らに近づいていくとくすくすと笑ってベッドに座り、ララネナに手招きをした。

「ララネナ様、髪が少しほどけてしまいまいしたね。編み直しましょう」
「はぁいっ、可愛くしてねっ」

 それでベッドの上に座ったララネナの髪をとかしながら、どこか考え事をしていて心ここにあらずといったスオートにカリンは話しかける。

「スオート様、おそらく明日また皆で街に出かける事になります」
「うん……」

 そこでもまだ、曖昧な返事を返したスオートだが、次にカリンが続けた言葉で彼の瞳が見開かれる。

「ですので朝アン様があの塔にいらしていたらまた誘ってみてはどうでしょう?」
「……いいの?」

 萎れかけていた花が急に元気を取り戻したようにキラキラした瞳でこちらをを見てくる少年に、カリンは、いいですよ、と笑って返した。

 スオートとアンライヤを近づけさせておく――実を言えばそれはセイネリアから言われていた事でもあった。勿論最初から言われていた訳ではなく、この間の街での話の顛末を報告した後、『なら出来る範囲でせいぜい仲良くなってもらえ』と言われただけで優先順位は低い命令ではある。
 けれどカリンの心情的にもスオートを応援してやりたい気持ちがあったし……それに、スオートとアンライヤのためもあるなら、今回の街行きのためにセイネリアが護衛に入る事を了承してくれるだろうという狙いもあった。

 少しだけ、主を利用するようなこの計画には迷う気持ちがあったが、あの主であればカリンがそういう考え方をした事は却って褒めてくれそうな気もした。




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