黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【48】



 ディエナの部屋から出れば、部屋では黙って聞いていただけだったエルとエデンス、それにエーリジャがほっとした顔をしてセイネリアに声を掛けてきた。

「……まぁ俺ァこういうのには口出せねぇけどよ、ったく本気でどういう頭してんだよてめぇは」
「こっちは面白いものを見たって気分だがな」
「まったく、君は本当にとんでもないね」

 今回、こちらのパーティで部屋についてきたのはこの三人だけで、あとの連中は部屋の方で待ってもらっている。エルは全体を把握しておきたいと言ったからで、エーリジャとエデンスはそれもあるが、部屋の中を覗いている者がいないか注意してもらう役もあった。

「そういえばエーリジャ、今日露店街で撃っていた矢は何だ?」

 廊下だから人に聞かれる可能性はあるが、アンライヤの事を言わなければ問題がない話だとセイネリアは聞いてみる。

「あれ? 見てたんだ?」
「まぁな、俺の予想だと、動物避けの石を矢につけて撃った、だが」

 すると赤毛の狩人は、年のわりにはいかにも善良そうな無邪気な笑みを浮かべて答えた。

「正解。君に光石を矢につけて使うというのを教えて貰ってからね、他にもそういう使い方が出来ないか考えてみたんだ」
「成程、それで動物避けの石か」

 あの時、どこかから飛んできた矢のせいで、走ってきた牛が急旋回して露店に突っ込んだのをセイネリアは見ていた。

「そう、本当はここへくるまでの道中で試してみようかと思ってたんだけど、必要がなかったからね。でも今回使ってみて、これは遠くにいる人間を助けるのに便利だっていうのが分かったよ」

 すぐに応用して使って見せるところからして、年の割りに頭の柔らかい男だとセイネリアは思う。腕の方は申し分ないし、年齢の分抑え役にもなってくれるから彼と組めた事は幸運だったと思うところだ。
 ただ、ずっとこの先も組んでいけるか、と言えば――それは無理だろうな、という予感はあった。

「ちぇ、まった俺がいないとこでなんかあったのかよ」

 そこで背後から恨めしそうな声が聞こえてエーリジャが振り向いた。

「ちょっとしたトラブル対処だけだよ、特に何か起こした訳じゃないから」

 拗ねたエルをエーリジャが宥める。それでも今回、計画の進行に殆ど関わっていないエルは納得がいかないのか、そのままエーリジャの肩を掴んで体重を掛けると今度はセイネリアを睨んできた。

「わざわざここまでついてきたのによ、なんか今回俺は留守番役ばっかじゃねーかよっ」
「ディエナを守るのも重要な役だろ。一応神官という肩書きがあるからここの役人共も頭を下げてくれるしな」
「一応ってなんだ一応てっ」

 尚も拗ねるエルに、だがセイネリアは笑って言う。

「まぁ適材適所という奴だ。今回の件はお前の嫌いな貴族間の化かし合いだ。お前はお前の得意な仕事の時にこき使ってやるさ」
「こき使うじゃねーよ……まぁ、確かにあんま関わりたい仕事じゃねーから今回は大人しくしてっけどさ」

 エルも苦手な仕事と分かっていて無理やり動く程馬鹿じゃない。ただ不満を言いたかっただけだろう。

「さすがエルは神官だなぁ、そんなに皆にご奉仕したいとは思わなかったよ」

 そこで茶化すように口を出してきたエーリジャに、エルはますます表情を引きつらせた。

「……いや、ご奉仕って言い方はやめてくれ」
「神官なんだからご奉仕って言葉は不自然じゃないよね?」
「いやいやなんかそういうのはリパ神官とかの領分だろ、俺ァ強くなりたくて神官になってンだしさ」
「違わないんじゃないかな、アッテラだって治癒術あるし」
「いやーなーんかさー志が違うってか……」
「まぁどっちにしろこのパーティじゃ唯一の治癒役だし、状況によっては君一人に負担が行く事もあるんだからさ、休める時は休んでいていいんじゃないかな」
「……お、おう」

 そのやりとりには思わずセイネリアでさえ口元が緩む。
 さすがに歳の分こういう話の持っていき方がエーリジャは上手い。

「まったく、どうしてお前みたいなイカレた男に、こういう連中が付いてるのか不思議だな」

 そこでエデンスが横にきてさらっと言ってきた言葉に、セイネリアは苦笑して返した。

「あぁ、確かに俺もそう思う」



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