黒 の 主 〜冒険者の章・八〜 【47】 「今回の盗賊騒ぎだが……どうやらザウラ側はそれをグローディの仕業だと吹いて回っているらしい」 「まさか」 「ありえませんっ」 すぐに反応したのはディエナとレッキオで、まぁそれは当然の反応だ。 「盗賊が出るようになった後、どうしてもクバンまで行きたい連中はシャサバル砦の砦兵を付けてもらうのが定番になってたろ」 「そうです、こちらが一度大規模な盗賊討伐を行った後は、ウチの兵がついている隊商には手を出さなくなりましたから」 「つまり、それこそがおかしいという話だ」 「どういう事です?」 「グローディ兵が付いていれば盗賊が見逃してくれるのはおかしい。それはグローディが盗賊と通じているからだ、という噂が商人達の間に流れてる」 「馬鹿なっ」 そこでレッキオがテーブルを叩いて立ち上がる。 「こちらは盗賊の被害者だ、なら何故ロスハン様が襲われたんだと……」 激高するレッキオに、セイネリアは冷静に答えた。 「ロスハンの死は公表されていない。だからグローディの被害は大したものではなかったと思われている。商人達の噂では、ロスハン達が襲われたのは盗賊と繋がっていないのを見せかけるための自演だったという事になってる」 「……そんな事をするメリットがない……のにですか?」 ディアナが青い顔で聞いて来る。まぁ怒るよりそう聞いてくるのなら頭は冷静に考えられていると思っていい。 「グローディ兵を付けるのに金をとってたろ? その金のためと、盗賊を理由としてシャサバル砦を強化するためだそうだ」 「ふざけるなっ、兵をつけるにしては最低限の金額だぞっ」 やはりレッキオの方は頭が回らない。だがディエナは顔を顰めながらも、考えてちゃんと答えを出した。 「つまり……グローディはスザーナかザウラへの侵攻を考えていて、領境の軍備強化をするために盗賊騒ぎを起こしている、と思われているという事ですか?」 セイネリアは口角をわずかにあげる。上出来だ、と彼女の答えに心の中で返す。 「そうだ。商人達から金をとるのもそのための費用の足しにするつもりだとな。実際その噂のせいで商人達がグローディではなく不便なスザーナ側からクバンへ行くルートを使いだしてる」 「その程度のはした金で簡単に軍備強化など出来るかっ」 「金額は多くてなくても、商人からすればグローディの野望のために余分な金を巻き上げられるのが嫌なのさ」 現状キエナシェールへくる隊商がどれくらい減っているかは分からないが、実際ここのところスザーナを経由してクバンへ行く大きめの隊商を見かけるようになったというのがガーネッドからの情報だ。彼女達はパハラダとクバンを行き来する商人達と繋がりがあるから、少なくともこの噂が商人間で出回っている事は間違いないと言っていた。 「砦兵がついていると盗賊は出ない、という事をこう使ってくるとは向うはなかなか頭がいい」 言いながら少しばかり自嘲気味にセイネリアは笑う。 「そもそもこちらに侵攻しようと考えているのは向こうの方ではないですか、よくもそんなデマをいけしゃあしゃと……すぐにそんな事はないと公言すべきです」 未だに怒りが収まらないレッキオはひたすら悪態をついているが、セイネリアとしては今回の件については向こうが上手くやったと思うところだ。 「言うなら最低でもロスハンの死を公表する必要があるぞ。きちんとした証拠を出せない限りはこちらの無実は証明できない」 「しかしっ、このまま黙っていては……」 掴みかかってきそうな勢いのレッキオに、セイネリアはため息をついてみせた。 「このまま黙っている気はないが、今言葉だけの弁明をしたって白々しく見えるだけだな。いいか、こういうのは先に被害者ヅラをした方が有利だ。人間というのは先に聞いた話の方を信じやすい。そして一度そちらの話を信じたらそれを覆すのは難しい。自分の悪事を隠す為に、先に相手を悪者に仕立て上げるのは世論を操る際の常套手段だろ」 「ですが、正義は我々にありますっ」 さすがに、正義、などという言葉には笑いそうになったが、まぁ真面目一辺倒の武人らしい言葉ではある。 「正義というのは勝った者が決めることだ。向こうが嘘をついていても向こうが勝てばそれは真実となり、向こうが正義となる。まぁこの件に関しては向こうの方が上手かったというところだな」 言いながらセイネリアは考える。 ロスハンが襲われ、盗賊が出始めたのはザウラの新領主にスローデンがついてからだ。スザーナがただの道化だと確定した今、となればどう考えても黒幕はスローデンだろう。本人の頭がいいのかいい部下がいるのかはまだ分からないが、グローディ側の力と信用を削ぐ事に成功しているのは確かだ。こちらが思う以上に頭が回る相手と思っておかねばならない。 「……どうしますか?」 暫く沈黙の時間が続いた後、頭を冷やすために窓際へ行ったレッキオに変わってディエナが近づいて聞いてくる。 「とりあえずスザーナのクソジジイをさっさと無力化して、出来るだけ早くキエナシェールに帰るとするさ」 「どうやって?」 沈んでいた表情に少しばかりの希望を浮かべてディエナが聞いてくる。セイネリアはそれに笑ってみせた。 「神経質で考え過ぎる馬鹿はな、何かさせようと動かすのは難しいが、動くなという言葉には割合簡単に従ってくれるものだ」 そうしてセイネリアは次に、今度はアンライヤとザウラのスローデンとの婚約についての事情を話し始めた。 --------------------------------------------- |