黒 の 主 〜冒険者の章・八〜 【45】 「まったく、なんだよあいつらはさ」 やっと去って行った冒険者らしい男達に怒って悪態をついていた彼女の名はスザンナというらしい。こうしてたまに言葉使いが男の子っぽくなるのは兄の影響だそうだ。そのせいで確かに男勝りというべきか、先ほど冒険者の男達が話しかけてきた時はこちらの前に立って隠そうとしてくれた。 ――きっとスザンナの兄妹はとても仲が良いのね。 そんなに影響を受けたのなら、きっとよく兄妹で遊んでいたのだろう。自分の兄たちは歳が離れているのもあって可愛がってはくれたが勉強で忙しくてあまり構ってもらった事はない。だからアンライヤはそれを羨ましく思ってしまう。 「きっと、私たちがよそ者だというのが分かって揶揄いに来ただけでしょう」 カリンという先輩侍女がそう言ってスザンナをいさめる。このカリンという侍女は、なんというかアンライヤが知っている侍女という存在と違って強いというか隙がないというか……とにかくしっかりした感じがしてとても頼もしい。 それで口を尖らせていたスザンナがこちら振り向いてきたから、あわててアンライヤは彼女を見た。 「アンはその……嫌な気分にならなかった?」 心配そうにこちらを見てくる少女に思わずアンライヤは笑う。ちなみにアンというのは現在彼女達に言ってある自分の名だ。さすがに本名は名乗れない。 「いえ、大丈夫です。……ちょっと、面白かったですし」 「そう? それならよかった」 「良かったねー」 もう一人の更に年下の侍女見習いだという少女も言ってくるから、アンライヤはその可愛らしさにくすくすと笑う。 「折角外に出れたんだからさ、やっぱり楽しまないと」 「はい、楽しんでいます」 「うん、ぼ……私も楽しんでますのよ」 こうして思い出したように言葉遣いを変えるその様も面白い。でも少しだけ彼女に気を使わせているのが悪い気もしてしまうから言ってみる。 「あの……私は気にしないので、無理に女言葉にしようとしなくてもいいですよ。だってその……私たちもう、友達……ですものね?」 友達、という言葉は少し恥ずかしくなってしまったが、思い切って言ってみればスザンナも笑う。だからアンライヤも嬉しくて笑ったのだが、そこでいきなり、緊迫感のある叫び声が聞こえてきた。 「皆、逃げろっ、道を開けろー」 何が起こったのかはわからなかったが、声の方を見れば土煙が上がっている。とはいえ、大変だ、とは思ってもそれでどうすればいいのかわからずアンライヤは立ちつくすしかない。そこで目の前にまた自分をかばうようにスザンナが立ちふさがったと思えば、幼い侍女見習いの子を抱えたカリンが、スザンナごとアンライヤを抱いて道の脇へと押してくる。入れ替わるように、護衛の兵二人が前に出る。 どん、とどこかで大きな音が鳴った。 あちこちで人が叫んでいる。 崩れる音、悲鳴、それから様々な叫び声が上がる。 ただ高い悲鳴と思ったそれの中にはどうやら鶏の鳴き声が混じっているようで、土煙に交じって鳥の羽らしきふわふわしたものが空を舞っていた。 アンライヤには何が起こったのかわからなかったが、気付けば少し離れた先で鶏が飛び回って人々がそれを追いかけまわしている姿が見えた。 「まったく人騒がせな」 「まぁ良かった」 そこで前に立っていた護衛の二人が笑って剣を腰に戻したから、どうにか大変なことは無事終わったらしいとアンライヤは思って安堵した。 「乱暴に押してしまって申し訳ありません、お怪我はありませんでしたか? どうやら逃げた牛が走ってきて、鶏売りの露店に飛び込んだようです」 そういうと、こちらをかばうように抱きしめていたカリンが立ち上がって笑いかけてくる。 「うん、大丈夫、ありがとうっカリン」 それに返事を返しながら、スザンナがいち早く立ち上がった。それから彼女はくるりとこちらを向くと、未だ座り込んでいるアンライヤに向けて手を伸ばしてきた。 「大丈夫?」 咄嗟にアンライヤが手を伸ばせば、彼女はその手を取って恭しく引き上げてくれる。その仕草は貴族の男性が座っている女性の手を取る時のようで、立ち上がってからアンライヤはくすりと笑ってしまった。だから悪戯返しのように、アンライヤも服の裾を両手でつまんで深くお辞儀を返した。 「ありがとうございます、カリン、そしてスザンナ」 驚いたらしいスザンナが目を丸くする。けれどふわふわと飛んできた羽毛が彼女の顔に落ちてきて……。 「……っくしゅっ」 彼女が派手にくしゃみをしたことで、カリンも、彼女に抱かれたままの幼い侍女見習いも、護衛の二人も、そして勿論アンライヤも、大きな声で笑ってしまった。 --------------------------------------------- |