黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【37】



 パハラダはスザーナの領都であるが、キエナシェールやクバンに比べると領都とはいえただの田舎町にしか見えなかった。一応領主の館は目立つところにあるから分かるが、街は城壁で囲まれている訳でもなく農地の中心に建物の密集した場所があるといった印象で、確かに見ただけでザウラやグローディよりも更に田舎なのだろうというのは分かる。
 一応領主の館だけは城壁という程ではないが高めの壁に囲まれていたから、襲撃があった場合はここに街の人々も逃げ込むことになっているのだと思われた。

 クリュースの建国はいくつかの小国が合併したのではなく小国を興してから他の国を吸収して行き、のちに功績のあった部下達に土地を分け与えていったものであるから、現領主が元からその地を収めていた者の血縁者という事は殆どなかった。王には魔法ギルドがついているから逆らう者はなく、しかも一度国が安定してからは他国から攻められる事もほぼなくなって……結果、領主の館は他国のように城と呼ばれる程のものである事はまずなく、立派な屋敷といった規模のものが殆どだった。
 一応高台にあったり高い壁や堀があったりと、金持ちの屋敷と差別化されている部分はあるが……ここの領主の館は、首都にある各領主達の別荘程度のシロモノだろう。とはいえ、石造りのちょっとした塔のようなものがある辺りは領主の住居らしさがある。かなり古いモノらしく、まったく立派には見えないが。

――まるっきり田舎領主そのままの館だな。

 そうとは聞いていたが思った以上だ。いかにも金もなさそうなここの領主が野望を持ってザウラを動かしているとはやはり思えない。黒幕がザウラであるという確証はセイネリアの中で更に大きくなった。

 一行は街へ入ってそのまま真っすぐ領主の館へと向かった。
 門の前には警備の兵士がいたが、こちらの名を告げて証書を見せれば連絡が行っているだけあってすんなり中に通された。

「ディエナ様はこちらへ」
「一人でですか? 供を連れて行きたいのですが」
「では二人までお連れてください。残りの方々はこちらでお待ちいただけますか」

 さすがに一人で来いという程高圧的な人物ではないか――そう思っていればレッキオがセイネリアに向けて目配せをしてくる。供が二人というなら一人はレッキオで、もう一人はセイネリアになるのは当然の人選だ。セイネリアはレッキオに向けて礼を取ると、一歩前に出て彼の後ろについた。
 スザーナ側の案内役の兵士もそれで歩きだす。勿論、セイネリアに向けて不審な目を向けてくることはない。なにせ今回、セイネリア達はカリン以外は供の兵士のふりをする為にグローディ領の兵士の恰好をしていた。さすがに武器だけは自分のものを持っているものの、使節団の警護が傭兵の冒険者ばかりというわけにはいかないのだから仕方ない。

 長めの廊下を進んだ先に領主の間があって、案内の兵士は扉前の兵士と敬礼を交わす。扉前の兵士は二人、彼らは直後に両脇から扉を開いて頭を下げ、案内の兵士が前に出てディエナの手を取ると部屋の中へと促した。

「我が主よ、グローディのディエナ様をお連れしました」

 奥へと向かう絨毯を歩いて、途中で案内の兵が手を離してて床に跪く。そこでディエナがドレスの裾を持って深々と頭を下げた。

「スザーナ卿、この度はこちらの急な申し出を快くお受け下さりありがとうございます」
「うむ。……いや、本来ならこちらの方こそ使節を送らねばならないところだ。遠いところをよく来てくれた、滞在中にもし不自由な事があればそこのバラッデに言ってほしい。出来るだけ貴女が快適に過ごせるように尽くすよう言ってある」
「ありがとうございます」

 歳はグローディ卿よりもずっと若く50に行っていない筈だが、細身で眉間にくっきり皺がある男はもっと年上に見える。少し神経質そうな声といい、嫌味を言うのに慣れていそうな口調といい、意地が悪く、嫉妬深く、細かい事に一々苛立つタイプだろう。
 つまり、今回の件のすべての黒幕とは思えない。
 セイネリアから見たスザーナ領主の第一印象は一言で言えば『小者』だった。

「ところで、グローディ卿のご容態はどうだろう、お加減が悪いと聞いているのだが」

 おまけにこらえ性がない――セイネリアは顔には出さないが内心苦笑する。この領主がザウラと組んでいるなら当然ロスハンが死んでそのショックでグローディ卿が寝込んでいる事も分かっている筈だ。聞くにしても雑談からの自然な流れや、間接的な話から誘導するくらいしろと思う。
 口調が抑えきれず微妙に楽しそうになっているところからして、単にディエナの困る反応を見たいだけなのは明白だ。相手の不幸に小躍りする正真正銘の小者だろう。

「はい、祖父グローディ卿は歳ですので、一度風邪を拗らせてから治っても体がすっかり弱ってしまって……」

 表情を沈ませるディエナに同情したように眉を寄せながらも、スザーナ卿は細めた瞳に愉悦を浮かべる。そうして更に追い打ちをかけようと、彼女にとって一番返答に困る事を尋ねた。

「ふむ、それは大変だ、少しでも早く回復される事を祈りたい。……では、御父上のロスハン殿はお元気だろうか?」




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