黒 の 主 〜冒険者の章・八〜 【36】 冒険者が気楽によく使うサービスの一つに伝言というのがある。 これは単に、特定の冒険者から別の冒険者宛てに伝言を伝えるためのものであるが、一番便利な点は伝言を送るのも受け取るのも国内にある冒険者事務局ならどこでもいいという事だ。なにせ冒険者なんてものは住所不定で何処にいるか分からない者が多いから、他国でいうところの『手紙』のように住所に宛てて文書を送るのは難しい。 伝言は基本その文面のイメージが事務局中央の魔法球に集められ、受け取る時は受け取り側の事務局でイメージを引き出して紙に落とす。イメージは引き出した時点で魔法球から消されて残らないが、イメージを送る時と紙に落とす時にどうしても事務局員に内容を知られてしまうという問題がある。勿論事務局員には守秘義務があるから伝言の内容が外に漏れるという事はまずないが、それでもどうしても外部に見せられない重要な内容は任せられない。 だから基本、それだけ便利なサービスがあっても、政府機関や貴族間の機密文書等は事務局を通さずに人が運ぶ事が多かった。 ただ事務局ではそういう重要用途の為に、居住を構えている人間――主に貴族や高官相手――に対して、伝言をわざわざ相手に送り届けに行き、受け取った相手から確認の署名を貰って送り主に返す、というサービスを行っていて、これはその文面を見た者達の署名も入れる事で信用を上げている。当然サービスとしては高額だが、軍事的な問題や、やましい部分がなく重要機密にあたらない書面のやりとりとして、離れた地同士なら領主間の文書であってもよく使われている手段であった。 隣領とはいえ、領都同士の行き来が不便なスザーナとグローディ領の間では基本的にはこのサービスを使って手紙をやりとりすることが多く、今回の使節団を送るための打診もそれで行われた。その為にこちらからの手紙を送ったその日の夜には向こうからそれを迎え入れるという返事が来た。そこから細かい条件等のやりとりでもう一日掛かったが、その次の日――セイネリア達がグローディの屋敷に戻って3日後には、ディエナ嬢の一行はスザーナへの使節団として出発する事になった。 「前代未聞ですよ、使節団の準備がこんな短期間なんて」 さすがに使節として代表となるのはディエナであるが、グローディ内でそれなりに地位のある者が他に誰も付かない訳にはいかない。ザラッツが来れれば問題がないが、彼が今キエナシェールを出る訳にはいかないから、今回も彼の代理としてレッキオがついて来ることになった。 「どちらにしろ、向こうには探りに行くというのはバレてるんだ、面倒な形式を守って仰々しい準備をする必要もないだろ」 セイネリアは注意を前に向けながら返事だけを返した。 「それでも……流石にあからさますぎかと」 スザーナの領都パハラダまでは馬車が通れる道ではないから馬に直接乗るか徒歩となり、ディエナにはレンファンが、スオートにはエーリジャ、ララネナにはカリンがついて馬に乗せ、隊列の中央を歩いている。セイネリアとレッキオはそれぞれ馬に乗って先頭を歩いていて、あと馬に乗を割り当てられているのは兵二人だが、そちらはそれぞれエデンスとビッチェを乗せていた。残りの者は基本徒歩で後ろからついてきていた。 「あからさま過ぎるからこそこちらをどうもてなしてくれるのか、それだけで向こうの領主の頭の程度が分かっていいだろ」 盗賊をけしかけてキエナシェールからクバンのルートをつぶそうとするスザーナ側の計画は崩れた。人を集め直して続けるにしてもすぐには無理だし、前よりも人集めには苦労する筈だった。その状況はスザーナの領主の方も分かっている筈で、そこでグローディから使節が来るとなれば……何を探りに来たのだと身構えていると思っていい。 「試すの……ですか?」 「ああいう連中とのやりとりは基本化かし合いだ。互いに嘘をつきながら相手の真意を探るのが基本だろ」 「……はぁ」 一応今回ディエナの部下としている者の中では一番地位が高いレッキオだが、軍部の人間であるからその手の駆け引きは苦手なタイプではあるのだろう。本人が自覚があるだけ言う事を聞いてくれるからこちらにとって都合はいいが、この手の仕事についてくるにはあまり適切ではない人物ではある。 「ただ今回はあくまで探りを入れるのと情報収集だけだ。騒ぎを起こす気はないから安心してくれ」 「……そう、願います」 とはいえ内心、スザーナ側が馬鹿だったら軽く脅しをかけてこようと思ってはいるが、そこはあえて言わないでおく。そしてセイネリアの予想だと――黒幕がスザーナであったのならまだ考えるところだが、ザウラの方が黒幕ならスザーナはただの道化役だと思っている。 スザーナの領都パハラダまでは山道をひたすら進むことになり、途中で一回の野宿が入り、後1泊は途中の村で泊まる予定だった。街道という程立派な道はなくともエーリジャがいるからまず迷う事はないし、動物避けの結界も張れるから危険と言えることはほとんどない。盗賊が出ても対応できる戦力はあるから別に出てきてもいいくらいだが――それに関しては予想通り、怪しい連中に会う事さえ一度もなく、呆れる程順調に一行は無事パハラダに着くことができた。 --------------------------------------------- |