黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【28】



――運が良かった、か。

 まったく世の中何が運が良くて何が運が悪いかというのは最後まで分からないものだ、とセイネリアは思う。ガーネッドとかいう女リーダーが率いているパーティの連中は、捕まった事を運がなかったと思っただろう……しかもよりにもよって仲間全員でなど。それが幸運となるなんてその時は思いもしなかったに違いない。もし仲間の数人だけが逃げ延びていたら、助けにきた連中の死体の中にその姿を見つける事になったかもしれないのだから。

――運がなかったな。

 逆に、転がっている死体を眺めてセイネリアは思う。
 もたもたしてここから遠いところにいた連中は、退路を断たれて矢の雨を浴びせられた後に大半が投降したらしい。だが先に小屋の近くまで来た者達は、待ち構えていたセイネリアのために多くが死ぬことになった。
 武器を投げ出した者は生かしてやったが、最初から加減せず殺すつもりだったから殆どの者は投降する余裕自体を与えてやらなかった。恐怖で動けなくなる者、反射的に逃げてしまった者、投降を促してやれば喜んで命乞いをしただろうが、今回は惨状を作り上げるつもりだったから最初から殺すつもりで動いた。
 生き残ったのは余程機転が利いてすぐ武器を捨てたか、運よく離れていて投降するだけの頭が回る余地があった者だけだろう。

――まぁ死んだ者はここで死ぬ程度の人間だっただけだ。

 運も実力……という言い方は好きではないが、運も自分で引き寄せるものだろうとセイネリアは思っている。

「怪我は? ……と聞こうと思ったがぴんぴんしてるようだな」
「まぁな」

 例の連中を閉じ込めていた小屋から出てくれば、レンファン、デルガ、ラッサの三人が近づいてきて苦笑していた。声を掛けてきたのはレンファンだ。
 こちらのパーティーの内、エデンスとエーリジャは見張り台へ、エル、ヴィッチェ、ネイサーは出入り口を塞ぐ部隊の方にいて、この三人がここでセイネリアのサポートで戦っていた。傭兵経験があって、いざとなれば敵を殺せる者――という事での人選だが、実を言えばこれを決める時には少しだけ面倒があった。

「こっちの損害は?」
「問題ないくらいだそうだ、軽い怪我人が数人ってところらしい」

 ラッサが上機嫌で答えてデルガが頷く。セイネリア以外の連中は、基本デルガが火の加護の術を掛けて武器の切れ味を上げていたが、自力で強化が使えるラッサがセイネリアの次くらいには敵を倒していた筈だ。

「今回は感謝する、火の術というのもおもしろいな」

 レンファンは火の神レイぺの術を受けるのも初めてなようで、嬉しそうにデルガに礼を言っていた。セイネリアも武器の強化の事はあまり知らなかったが、どうやらちゃんと火の加護が入ると武器の切れ味が上がるのに加えて壊れにくくもなるらしい。アジェリアンが武器の強化をほぼ必ず入れるのは切れ味よりもそちらの為だったようで、どちらにしろセイネリアが魔槍を使う時はいらないが、剣の時は掛けてもらったほうがいいとは思った。
 逆に掛けてもらったらすぐ武器がイカレた事があった……と言ったら、術を武器の外側に対して使わず内に対して使うとそうなるそうで、やはりあの時の武器が壊れた原因はレイぺの術の所為だったのが確定したが。

「おいセイ……」

 そこで聞こえたエルの声に振り向けば、彼はその場で立ち止まって顔を顰めた。

「いや……そらそーだろうけど、ひっでぇなぁ……お前」
「あぁ……」

 わざと残酷そうに見える死体を作ったから今回は相当に返り血を浴びた。マントが普段よりかなり重くなってる上に、乾いたところはごわついている。

「まぁ仕方ない」

 布があるところはすべて血で固まっていて肌が出ているところはこびり付いてべたついている。顔は少しこすったが、それでもまだ血はついているだろう。

「だが遠目ではそこまで酷くは見えないだろ」
「まぁそりゃまぁ……そうだけどさ……」
「その為の黒ずくめだ」

 そこでエルがまた顔を顰める。

「……いつも黒ばっかなのはそういう理由だったのか」
「まぁな、それに不気味で脅しが利くだろ?」

 エルが益々嫌そうに眉をきつく寄せて、しかもそれを指で押さえた。

「あぁうん……まぁ、お前の事だから恰好つけてるだけじゃねーんだろーなとは思ったけどさ、物騒な男だなまったくよ」
「ただまぁ、あちこちべたべたするのは不快だ、さっさと洗いたい」
「ったりめーだっ、遠目で良くても傍でみりゃひでぇぞ」

 エルが怒鳴ってセイネリアは笑う。
 どうせもう戦闘は終わったからマントの重さは構わないが、血を浴びて不快でない筈はない。とはいえ捕まえた連中に一通りこの血濡れの自分と死体が転がる光景を見せないとならないから、すぐに水浴びという訳にもいかなかった。
 捕まえた連中を連れていく砦兵達を見ながら、セイネリアは軽くため息をついた。



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