黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【29】



「うわ……聞いてたけど……酷いわね……」

 今度はそこで少し神経を逆撫でる高い声が聞こえて、セイネリアはそのまま大きくため息をつきたい気分になった。ヴィッチェは周囲を見回しながらこちらへ近づいてきたが、彼女も彼女で傭兵経験があるため、顔は顰めているが本気で気分を悪くしている様子はなかった。

 ……まぁだからこそ、自分もこちらにくる、と言いだして配置決めの時に少々もめたのだが。彼女のようなまだ考え方が子供っぽい人間に人を殺させるのはエーリジャが嫌がるしアジェリアンの事もある、それにネイサーが特に反対をしたのもあって、どうにか引き下がってはくれたが少々面倒だったのは確かだ。

「で、上手くいったの?」

 返り血を浴びたこちらを見てもやはり顔を顰めるだけで終わりで、ただ近づきすぎるのは躊躇したようでそこそこ距離を取ったところで彼女は足を止めた。

「あぁ、予定通りだ。連中はこちらに協力すると約束した。これを見た後だ、裏切ろうとは思わないだろうよ」
「まぁ……そう、ね」
「支援石も返してやったし、縄も解いてメシと上掛けを渡してやった。もし裏切るような連中だったら今晩中にひと騒ぎ起こすかもしれないがな」
「ちょっ……」

 そこでまた少しヒステリックな声が上がる。

「馬っ鹿じゃない、そんなことして逃げたらどうするのよ」
「逃げないさ。別に逃げてもいいが」
「……どういう事?」

 こういう時はこちらに考えがある――と分かっているエルやレンファンは苦笑してヴィッチェを見ているが、彼女の仲間であるデルガとラッサははらはらした目で心配そうに見ている。
 セイネリアはわざと笑ってみせて、眉を思いきり寄せている女戦士に言ってやった。

「逃げたら殺すだけだ。ここで逃げるような頭も度胸もない馬鹿ならどの道使いモノにならないから見せしめになってもらうさ。今日は大量に捕まえたし、替えはいくらでもいる」
「……あんた絶対ロクな死に方しないわ」
「当然、そうだろうな」

 惨い死に方でも安楽死でも死は死だ。バチというのがあるのなら自分は相当に酷い死に方をして当然だろう。それこそアガネルのところにいた時から何度言われたか分からない言葉に軽く返せば、ヴィッチェは返す言葉もなく口をパクパクと開いてから諦めて閉じた。
 セイネリアはさっさと彼女から目を離して周囲の様子を見る。
 戦闘は完全に終わっていて、砦兵達はきびきびとかたずけや報告に動いているが、楽しそうに雑談をしている者もいる。どうやら捕まえた連中の移動は全部終わったようで、転がった死体の片づけも始まっていた。

「あー……俺はこれから治療を手伝うんでいくぜ」

 そこでエルがそう言ってきたからセイネリアは彼の方を見る。ここには常駐のリパ神官もいるが襲撃者達の治療もしているから一人では手が回り切らないのは当然だろう。

「あぁ、ご苦労なことだ」
「まったくな、ま、ここだと手当に慣れてる連中がいるから、軽症者まで面倒みなくていい分助かるけどよ」

 それで手を振って歩いて行った彼を目だけで見送れば、丁度彼と入れ違いでこちらに近づいてくる二人の人影を見つけた。

「……うわ……やっぱりやばい奴だなお前は」

 近くまできたエデンスの第一声はそれで、隣にいたレッキオは何を言えばいいのかわからないといった顔で苦笑していた。

「特に問題はないか?」

 聞けばレッキオは、ないですよ、と答えた。

「なら丁度いい、俺は水を浴びてくる。いつまでもこの状態でいられないからな」
「え? あの、この後の話は……」
「今日はもう片づけで終わりだろ。今後の件については明日の朝食時にしてくれ」
「あ……はい、そう、ですね、分かりました。ならそうダレンド様に言っておきます」

 そこでエデンスが前に出て、こちらに一枚の紙を渡してくる。

「その前にこれ、頼まれた奴な」
「あぁ、有難い」
「それはなんだ?」

 言いながら傍に寄ってきたのはレンファンだった。

「捕まえた連中の支援石から、名前と登録番号を書き出してもらったのさ。支援石自体は俺が持ってる訳にいかないからな」
「どうするんだ?」
「この中でリーダーらしき連中には印をつけてもらってる、こいつらの冒険者情報を照会する」
「奴らを盗賊として突き出すのか?」
「いや、単にどこの街を拠点登録しているかとかの一般情報を調べるだけだ」

 レンファンは僅かに眉を寄せたが、それでもこちらに考えがあるのだろうと察したのか引き下がった。
 セイネリアはまた周囲を見回して状況を確認した後、最後にもう一度レッキオに声を掛けた。

「あぁそうだ、キエナシェールのザラッツに手紙を書きたい。明日でいいから準備を頼む」
「あ、はい。急ぎでしょうか?」
「そうだな、急ぎといえば急ぎだが緊急の要件じゃない。俺たちは一度キエナシェールに戻るから、先に向こうに知らせておこうと思っただけだ」
「あぁ……そうですか、分かりました」
「頼む」

 それで背を向けて歩き出そうとしたセイネリアだったが、そこですぐ足を止める事になった。

「え? 戻るの?」

 その声はヴィッチェだ。

「あぁ良かったな、多分今度はお屋敷に1,2日は泊まれるぞ」

 嫌味を込めて笑ってそう言えば、彼女は眉を顰めて唇をひきつらせる。それですぐ何も返せなかったその隙に、セイネリアはさっさと背を向けると手だけを振ってそこから離れた。



---------------------------------------------



Back   Next


Menu   Top