黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【18】



 グローディ領からザウラ領のクバンまでの道の中、主に盗賊が出没するのはスザーナ領に近い場所とスザーナ領に入ってからザウラ領に入るまでのの短い区間に偏る。元から3つの領地が交わるその周辺は盗賊が出やすい場所ではあったが、ザウラに入った途端盗賊が出なくなるのが前とは違う。前の時はザウラ領でも盗賊が出てきたし、逃げられる森や林が道から遠い迂回路の方は安全だった。

――つまりこれは、連中が全員スザーナを拠点にしているからか。

 盗賊を雇ってこのルートを通る者を襲わせる――それを考えたのは誰かは置いておいても、実際に盗賊の管理をしているのはスザーナでほぼ確定としていいだろう。となれば一度……スザーナに行ってみるべきかとセイネリアは考える。

 セイネリアは先を行く盗賊達を、気付かれないだけの距離をとって付けていく。どうやら彼らは元の場所へ行こうとしているようで来た時をそのまま引き返していた。エーリジャ達が消えたというのを全員で確認に行こうとしているのか、もしくは盗賊として出没するポイントがグループごとに決まっていてその担当の場所へ行くしかないのか。
 ただまだ道に出ずに森の中を歩いている所為か、連中の殆どは顔を隠していなかった。隠すのは獲物を襲う時なのだろう、折角だからと少しセイネリアは距離を縮めて連中の姿を確認する事にした。

「いいかい……だよっ」
「へいへい、すみま……でよ」

 会話はまだ完全に言葉として聞き取れる程ではない。が、声でも歩く人間のシルエットからも……どうやら先ほどの集合場所から加わったらしい奴らのリーダーは女であるらしい。セイネリアは僅かに口元を歪ませる。

 だが――こういう時に、本当に余計な事をする馬鹿というのはいるもので、追っている盗賊パーティに向けて別の方向から人間が二人近づいてくるのが見えた。

「おーい、すみませーん」

 向うの二人は警戒していない。盗賊達はぴたりと足を止め、無言で近づいてくる人間を待っているが、体勢的にすぐにでも攻撃出来るようにさりげなく構えたり武器に手を置いている者が多い。
 となればおそらく――あの二人は盗賊仲間ではない。どうしてこんな場所にいるのか分からないが、ただの冒険者の可能性がある。セイネリアは舌うちをすると、せめて会話を聞き取ろうと更に彼らに近づいた。

「あの、あなた方……冒険者ですよね? ケーリ村の場所っ……分かりますか? 盗賊が出るっていうから街道使わな……ら迷っちゃって……」

 この馬鹿が――と思いはしたが、セイネリアは持っていた弓に矢を番えた。他人のために危険を呼び込むのはセイネリアの主義ではないが、ここで見捨てたら他の連中があれこれ言うのは確実だ。それに勝算も一応はある。12人をここで一人で相手をするのは厳しいが、街道はもう近いからそこまで出れば魔槍が使える。弓でけん制しつつ逃げれば行けない距離ではない筈だった。それにそろそろエル達も近くまで来ている筈で、期待はしないがもしかしたらの可能性もある。

 ただ当然、確実といえる要素はないからある程度は賭けだ。運か力が足りなければ死ぬのは仕方ないだろう。

「誰か、ケーリ村を知ってるかい?」
「あー、ザウラの領境の村だな、それなら向うに向かってずっといけばいい」
「ありがとうございます」

 二人の冒険者は何も警戒しないで彼らに手を振ると、急いで言われた方向に向けて歩き出した。完全に背を向けたところで、リーダーの女が仲間達に振り向いて指示するように顎を上げる。それを合図に連中の半数程が、離れて行く冒険者達をこっそり追っていく……勿論、武器を構えて。

 セイネリアは再び舌打ちをすると、既に構えていた弓を引いた。直後、悲鳴が上がって、今まさに冒険者に斬りつけようとした者が腕を押さえて蹲った。
 そして当然、悲鳴に冒険者達も振り向く。自分達の後ろに武器を持って襲って来ようとしている連中の姿を見る。

「向うへ逃げろっ」

 大声を上げて、セイネリアは街道がある方向を指さした。聞こえたらしい冒険者達は、急いでその方向へ走り出した。セイネリアもすぐに同じ方向へ向けて走り出す。盗賊達の足音がこちらに向かってくるのが分かっていたが、まだ距離はある。

――おそらくこちらへ半数くらいは来たか。

 既に槍は呼んであるが、道に出る前に来たら一度投げ捨てる事になるかもしれない。木と木が密集しているここであの槍は使えない。街道まで出てからまた呼んだ方がいい。
 セイネリアは走る。だが音からして思ったより後ろの連中を引き離せていない。だから走りながらも矢を取って、すぐ前に見えた木に一度隠れてそこから一番近くにいる者に向けて矢を放った。

 だがそこで、また――セイネリアの計算を狂わす事態が起こった。

 放った矢は間違いなくそいつの足に当たる筈だった……が、急にこちらに向かって風が吹いて、矢は敵に当たる前に地面に落ちた。

――風の神の信徒か。

 ならば多分、森を走るのに慣れたセイネリアが思ったよりも連中を引き離せないのも、足に風の加護を入れて速く走れるようにしているからかもしれない。
 風はそこまで強いものではないから神官ではないと予想する。だが今セイネリアが持ってきている弓は小型のタイプで、風に逆らってまで目標を撃ち抜くのは厳しかった。

――走って逃げるしかないか。

 弓での足止めは考えず、ひたすら走るか……そう考えていたセイネリアは、背後から弓が放たれた音を聞いた。直後、セイネリアの横を矢が飛んでいく。再び風が起こるがその矢は落ちない。強弓から放たれた強い矢は風を切り裂いて真っすぐ飛び、先ほどセイネリアが狙っていた人物の肩を撃ち抜いた。

「今のうちに街道へっ」

 聞こえたエーリジャの声にセイネリアはクっと喉を鳴らすと走り出す。
 勿論敵はまだ追ってきたが、エーリジャが援護として的確に矢を放ってくれるから敵の足音は徐々に離れて行く。そうして途中からは弓を捨て、片手に魔槍を持って走れば、すぐに森の途切れるところ――街道が見えた。



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