黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【17】



 街道を歩いて行くエーリジャ達と違って、彼らの左手にある森の中を進んでいたセイネリアは、そのせいでエーリジャ達が見つけるよりも先に盗賊達の姿を見つけた。

――やはり出てきたな。

 盗賊として複数の冒険者を雇っているならその質は上から下でかなり差がある筈だ。慎重な連中は手を出してはこないだろうが、2人しかいない旅人相手、馬鹿なら喜んで手を出してくる。昨日一昨日で見た盗賊の数だけで少なくとも35人以上はいる事が分かっている、それだけいれば馬鹿の集団もいるに違いない。その思惑は当たったと見ていいだろう。

 盗賊達が騒ぎながら道に出てくる。エーリジャ達は盗賊達が出てきたのとは反対側の森へと逃げ込む。盗賊達はそれを追う、とそこまでは打ち合わせ通りではあったのだが。
 セイネリアはふっと口元を歪めて笑みを作る。
 盗賊達は逃げ込んだ彼らを追うものの、飛んでくる矢に足止めをされていた。どうやら逃げる前にエーリジャは少し盗賊達に怪我をさせてやるつもりらしい。それはおそらく、セイネリアがもし連中の相手をする事になった場合、少しでも楽になるようにだろう。しかも矢で足止めとはいえ実際当てている時は腕周辺狙いで、ちゃんと歩けるが武器を使い難くさせるつもりだというのが分かる。

――まったく、義理堅い男だな。

 飛んでくる矢を避けてエーリジャ達がいたところへ近づけないでいた盗賊達だが、矢が止まって暫くしてから慎重に近づいていく。勿論、その時にはエーリジャ達の姿は消えていて、盗賊達は悔しがって騒ぎ出した。
 セイネリアはその連中をよく観察する。
 都合がいいことに、騒ぐついでにフードを外したり暴れてマント下の装備がよく見えたため、彼らの恰好を確認することが出来た。やはり冒険者だろう、前の盗賊退治の時に見た連中からすれば小奇麗過ぎる。

――さて、ここから連中がどうするか。

 次の獲物を待ってこの辺りに待機されると時間が少々勿体ない。ただ仕切り役はいてもリーダー格らしき人物には見えないから、これは連中の本隊ではないと思われた。となればおそらく、待機するにしても本隊へと報告に誰か行くのでは――……そう考えていたところ、消えたエーリジャ達を探していた者達が帰ってきた。
 待っていた連中は主に怪我をした者とそれの治療を手伝ってやってるのが殆どだったが、帰ってきた連中と何か話した後――おそらく簡易的な治療が一通り済むのを待っていたのだろうが――盗賊達はぞろぞろと全員で森の中へと引っ込んでから更にその奥へと歩きだした。どうやら大人しく一度アジトに戻ってくれそうだ。セイネリアは気づかれないよう、慎重に彼らを追って歩きだした。

「……っく、どこいった……だよ」
「あーもー、また馬鹿にされっぞ」
「……が、……なら……ってっからだぞ」

 連中は口々に愚痴を喚いているが、さすがに距離があるため完全に会話を聞き取るまでは出来ない。だがやはりここにいる連中以外にも仲間がいそうだと取れる内容を話している。
 盗賊達は森の奥へ進んでいく。目的地は思った以上に遠いようで、この辺りはもう完全にスザーナ領だなと思いながら付けていけば――唐突にやたらとひらけた場所に当たって、そこで見えた風景はセイネリアでさえ少なからず驚くものだった。

――これは……どういう事だ?

 周囲全体が柵で囲まれている訳ではないが、割り合い立派な小屋……というか、これはもしかしてスザーナ軍のものなのだろうか。さすがにこんなモノを自領以外に作るとは思えない。
 森の中のひらけた場所に少なくとも拡張前のシャサバル砦くらいの規模の建物があって、周囲にはかなりの数の天幕が張られていた。そこには冒険者達がいて、帰ってきた盗賊連中は周囲に挨拶をしながら辺りに点在して座っているグループの一つのところへ行った。

 セイネリアは考える、だがそれはさほど長い時間じゃない。この状況を見れば出る結論は単純だ。一番の黒幕がスザーナとまでは断定できないが、スザーナが冒険者を雇ってグローディ領とザウラ領を行き来する旅人たちを襲わせていると見てよさそうだ。ご丁寧にちゃんとその冒険者達の拠点を作ってやって、そこから送り出しているという事で……ただこうなると、こちらの計画は変更を余儀なくされるのは仕方ない。

――それぞれ個別に動いているなら、別のところを拠点にしていると思ってたんだがな。

 まさか雇い盗賊共を一か所に集めているとは思わなかった。となれば前回、一晩明けてから奴らが手を出してこなくなったのは、一度出かけた連中は基本ずっと森にいて、夜になってここに帰ってきてから情報交換が行われたというところか。
 前回の事があって警戒しているなら現在は大半の連中がここにいると考えてよいだろう。人数は見えているだけでもかなりのもので、シャサバル砦の常駐兵の倍はいる上、天幕や建物の中にまだ何人いるか分からない。それに一番の問題は建物の近くに正規兵らしき者が2人程立っているのが見える事で、あれがスザーナの兵ならここで騒ぎを起こすと即領地間の争いに発展してしまう。

 ここで騒ぎを起こすのは不味い。となれば当初予定のアジトを突き止めて盗賊達を捕まえるという手はやめて、ここから出て行った連中を付けてそれを捕まえるべきだろう。

――これは読み間違えたな。

 アジトへ行ってそのグループ全員を捕まえておかないと少々面倒が生じる可能性があるが……それを言っていられる状況ではないだろう。これは余計な事を考えずに出てきた連中だけをただ捕まえておくべきだったかもしれない。

――ただどちらにしろ、この場所が分かったのは大きい。

 セイネリアは暫くそこにいる連中を観察する。
 そうすれば、セイネリアが追ってきた連中はどうやら仲間と揉めているらしく、暫くするとそこにいる仲間も全員が立ち上がって装備の確認をしだした。そうして一度帰ってきた連中を前にして歩きだす、人数は12人……これならどうにか出来る範囲だろう。怪我をしていた連中もどこか別のところで治癒を受けてきたらしく、ご丁寧にグループ全員で揃って出直してくれるようだ。

――運がいいな。

 すぐにセイネリアはその連中をまた付けて歩き出した。



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