黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【16】



 朝の打ち合わせはそれで終わって、そこからすぐ、先行するエーリジャとエデンス、離れてセイネリアは出発した。

 早朝でも曇っているとあまり朝のすがすがしさはないが、雨でないならとりあえず文句はない。昨日の今日で警戒しろという情報が盗賊達の間に出回ってはいるだろうが、どこをどう見まわしても2人だけの旅人では、警戒して手を出さないのはプライド的に気に入らない者はいるだろう。複数のグループがいるなら、どこかは必ず我慢しきれず襲ってくる――そしてこちらは、二人なら一瞬で転送でいつでも安全に逃げられる訳だ。

「っとに、人使いの荒い若造だが……自分が一番危なくて負担の大きい役をやるって言われたら文句は言えないな」

 出発してから暫くして、歩いている最中に後ろからエデンスが独り言のように言った言葉にエーリジャは思わず笑った。誰でもそう思うよね――などと心で呟いて、そういえばこのクーア神官は自分と同じくらいの歳だったと考える。

「こっちの安全は考えてるのに自分の安全は考えてない案だからね。いくら偉そうな若造の指示でもやらなきゃなって気になるよ」
「……ま、確かにな」

 勿論エーリジャはこのクーア神官の事はよく分かっていないが、騙してこちらに損害を与えたり、仕事を放りだして逃げようとかいう悪意があるタイプの人間には思えなかった。それで先ほどのセリフを聞いたなら、割り合い信用出来る人間かもしれないくらいには思える。

「けど彼が一番すごいのは、誰がどうみても一番無茶で負担が大きい役目を本気であっさりこなす事なんだよ。一度アレをみたら歳なんか関係なしに従うしかないね」

 冗談めかして笑っていえば、クーア神官も、はは、と乾いた笑いと共に話を続ける。

「まぁな……初めてみた時からヤバイガキだとは思ってたからな」
「へぇ、ガキっていう歳の頃に彼に会ってたのかな?」

 エルやカリンもこの人物とは初対面のようだったからどこの知り合いだろうとは思ってはいたが、どうやらセイネリアが冒険者としてまともに仕事をする前の知り合いのようだ。

「そうだな、今から5年くらい前ってとこだが、少なくともあんなのでも今よりはガキっぽかったぞ。ただ……不気味さは前のがあったかもな。殺した人間の返り血を浴びて全身血塗れの中、何事もなかったかのように平然としてた」

 それには、はは……と乾いた笑いを返す事になったのは今度はこちらの方で、ただソレ自体は今の彼からでも分かるから、そうだったんだ、なんてあたりさわりのない言葉を返すしかない。

「悪いのはこっちだったし、奴は攫われた娘を取り返す為にやったことだから間違った事した訳じゃないってトコだったんだろうが、それでも相当酷い現場だったからな、あれで平然としてられるのはどう考えてもオカシイ奴にしか見えなかった」

 あぁ成程――それでエーリジャは彼がやはり意味もなく殺しをした訳ではないという事にほっとすると同時に、彼のあの冷静過ぎる思考はどの歳で出来上がったものなのだろうと考える。凄惨な現場にまったく狼狽えないというのなら、ある程度幼い頃からそういうものに慣れていたのだと考えられて……エーリジャとしては彼の能力とその頭の回転の良さをある意味尊敬はしているが、生い立ちはきっと酷いモノだったのだろうと思わずにはいられない。

「本気で酷い現場だったんだぞ……それを見たせいで助けられた娘の方がおかしくなったくらいにな」
「助けられた娘さんって?」
「奴の師になるのか? ……その、娘だ。だからその場で奴は師匠から縁を切られたって訳だ」

 セイネリアは別に過去を隠している訳ではないからおそらく聞けばある程度は教えてくれるだろう……とは思っても、聞いてどうするつもりだと思えば聞くのは憚られる。しかもこれで彼とパーティ解消を考えている今は特に――と、考えていたエーリジャだったが、そこで視界に違和感を感じて目を細めて耳を凝らす。

「この先左側の一番高い木の下あたり、見て貰えるかな?」

 声と空気でエデンスにも緊張が伝わり、彼は黙る。おそらくクーアの能力で「見て」いるところだろう。だから、暫くして。

「確かにこっち見てる奴がいるな。二人だ。良く分かったな」
「まぁね」

 遠くを見て、僅かでも動くものをすぐ見つけられるのは狩人ならではだ。

「……あぁ、これは当たりだな。ちょっと離れたところに仲間がいる、ただまだ待機中ってとこだから……」
「逃げるのはそいつらが出てきたら、かな」
「だな、そして右の森へ逃げ込んだと見せて飛ぶ、でいいか?」
「了解」

 エデンスとエーリジャは旅人にはよくあるフードつきのマントを羽織っているから姿はある程度隠せている。前日と同じ人間だと分からないためではあるが、エーリジャとしても弓を隠せるからちょうどいい。

「連中、動き出したな。出てくるぞ、4人、見張り入れて6人だ」

 ならいざという時、セイネリア一人でもどうにか出来る範囲だろうとエーリジャは思う。

「了解、でもどうせならちょっとだけ痛い目にあわせてからでいいかな?」

 少しでも怪我をさせておけばセイネリアの危険が減る。だからそう聞いてみれば、軽く笑った後にクーア神官は返してきた。

「分かった、逃げるタイミングはそっちに任す。とにかく出たらまず右へ逃げるぞ、後は飛ばしてほしい時に言ってくれ」
「うん、頼むね」



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