黒 の 主 〜冒険の前の章〜





  【3】



 クリュースの主要な都市――主に領都――には冒険者事務局がある。
 首都以外は各種手続きは勿論、仕事の紹介、仲間の募集と冒険者としての用事は基本すべてそこで済むのだが、首都にある冒険者事務局の本局内には仕事の紹介所はなかった。紹介所は事務局とは別に首都の数か所に点在していて、中には国から認可された私営の紹介所もあった。単純に人が多すぎて一か所で何でもやると混雑がえらい事になるからだが、事務局についたセイネリアはそれは確かに正解だなと思わずにはいられなかった。

 春になったばかりで大勢の冒険者たちが新しい仕事を求めてる動き出すこの時期は、当然ながら大勢の人間が紹介所に集まる。ただいくら春になったからといって入ってくる仕事の量はまだ少なく、仕事を得るための競争は激しい。新しい、いい仕事が入ったら他に取られる前に取ってやろうと、この時期の冒険者たちは殺気だった目で紹介所の掲示板前を見張っているのが常だ。
 対して、事務局の方はこの時期、新規の冒険者登録の人間で混雑する。とはいえ仕事を受けたものがまだ少ないから、通常時ならごった返す仕事の報告や獲物の査定をする受付はガラガラだ。

 冒険者といえば仕事を受けてその報酬をもらうのが基本だが、特定の薬草や鉱物を集めたり、害獣リストに入っている動物や化け物を倒したり、新しい鉱脈を発見したり等、仕事を受ける以外でもポイントを貰う事が出来る。成果をここへもってきて査定して貰えばポイントがもらえる訳だが、倒した相手から取った牙や爪、羽や毛皮などといったものはポイントを貰った後は事務局で一括で買い取ってもらうか、もしくは自分で商人と交渉して買い取ってもらう事になる。当たり前だが自力で交渉したほうが高く買い取っては貰えるが、それぞれ専門の商人のところへいちいち行って交渉しなくてはならないから相当に手間がかかり、それを考えれば安くとも全種類即時に買い取ってくれる事務局で売る者も割合多い。一般的には余程交渉が好きとか商人に顔が利くとかでない限りは安いモノは事務局でまとめて売って、高額になるモノだけ商人に売り込みにいく。

 当然セイネリアもその方式で、細かいものまでいちいち商人と交渉する気はない。ただエルに商人の知人がいるから、そこで取り扱っているモノや欲しいと言われているモノは安く売ってやっている。そうすればこちらが欲しいものがある時に無理を聞いて用意してくれたりするから、これも投資のようなものだ。

 暇そうな査定や仕事報告の受付を通り過ぎ、セイネリアは奥にある呼び出し関連の受付へ行く。こちらは二人の職員がいて、一人は他の冒険者からの連絡を受けた場合の受付で、もう一人は事務局からの呼び出し担当だ。

「確認しました、セイネリアさんですね」

 セイネリアが冒険者支援石を見せれば、職員は専用のアイテムでそこから登録情報を確認して改めて呼び出し内容を取りに行く。冒険者事務局は国に魔法ギルドが全面協力をして運営しているから、全てのシステムは魔法によって成り立っていて、職員は魔法使いや魔法使い見習いも多い。

「この先にあるこの札と同じマークの部屋へ行ってください。部屋の開け方は分かりますか?」
「あぁ、初めてじゃない」

 言えば職員はそれで仕事は終わったとばかりに椅子に座り、セイネリアは渡された木の札を持って歩き出す。この木の札は部屋の鍵のようなもので、魔法によってロックされている部屋の扉をこれで叩けば開ける事が出来るものだ。
 あまり急ぐ事なく歩いて部屋に着けば、担当の者も今やってきたところらしくセイネリアを見て軽く会釈すると椅子に座った。見たところ杖を持っているから魔法使いなのだろう。となれば職員といってもおそらく役職持ちでほぼ間違いない。

――また魔法ギルドからの仕事か?

 ギルドからの仕事依頼の場合、ケサランから事前に伺いが入るが正式な依頼はこうして事務局から言われていた。今回はそのケサランから事前に何も聞いていないから、他の魔法使いからの依頼かもしれない――等と思っていたセイネリアだったが、相手から出た言葉は予想していない……というより、思ったよりも早かったがために予想から除外していた言葉だった。

「まず、おめでとうございます。貴方は上級冒険者と認定されました」



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