黒 の 主 〜冒険の前の章〜





  【2】



 西区での用事を済またセイネリアは、大通りに戻ってからそのまま南へ下りて南門の近くにある冒険者事務局に向かっていた。
 途中紹介所の前を通れば建物の外に人が溢れる程混んでいて、セイネリアは思わず肩をすくめる。あの混雑の中にわざわざ仕事を探しにいくのは面倒だなと思いながら、ついでに他の紹介所の様子も後で見ておくかと考える。
 近道をするために裏通りに入ったセイネリアは、そこで人の気配を感じて足を止めた。

――まったく、またか。

 ため息をついて周囲の気配を探る。3人……なら槍を呼ぶまでもないと判断して、セイネリアは剣を抜いた。

「急いでるんでな、俺に用事があるならさっさと出てこい」

 言えば建物の影から急に人間が表れてこちらに一直線に向かってくる。これはヴィンサンロア信徒の術か――ただ十分に反応出来る速度だから焦る事はない。喉を目指して伸ばされたナイフがこちらに届く前に、セイネリアの足がその人物の腹に届く。次の瞬間にはカエルの鳴き声のような声を上げてその体は壁まで吹っ飛んだ。
 雑魚だな――気を失ったのか動かないその人物を見てセイネリアはため息をついた。ヴィンサンロア信徒は影に隠れて姿を消すことが出来るが、相手に自分は見えないからと油断して反撃に備えてさえいない馬鹿が多い。

「馬鹿めっ」

 次に背後から襲い掛かってきた男の武器は長剣で、セイネリアは地面に映る影を見てからしゃがんで足を払った。
 見事に男はひっくり返って派手に地面に転がる。転がるだけならまだしも剣さえ手から落としたのにはあきれ果て、セイネリアはその男も先に倒した相手の方に向けて思いきり蹴り飛ばしてやった。

「どちらが馬鹿だ」

 相手の間抜けさに思わず舌打ちをする。槍を呼ぶどころか剣さえ必要ないレベルだ。
 最後の一人は離れたところでこちらに近寄れず立ち尽くしていたから、セイネリアは面倒臭くなってそいつに言った。

「弱すぎて話にならない。闇討ちするならせめてもう少し強くなってこい。雑魚過ぎて殺すのも面倒だ、さっさとそいつらを連れて失せろ」

 そうすれば残った一人は大急ぎで倒れた仲間のもとへ行き、一人を叩き起こすともう一人を二人で引きずって逃げて行った。まったく……実力がない者程、人数がいれば勝てると思うのだから困ったものだ。

 最近の仕事で割合派手な活躍をしたのもあってか、セイネリアの名はそれなりに冒険者としても有名になっていた。こうして実力を認められ、名を上げてくると――その人物を倒す事で無名から一気に有名になろうとする馬鹿に狙われるのはお約束ではある。
 そんなのにいちいち狙われていると面倒だから、名を上げて上級冒険者となったような連中は常に仲間と行動するようになる。特に名声の高い者は人を集めて傭兵団を作り、自分の身辺を守るのが普通だ。
 団単位ならトップの人間の名声で仕事を取れるため、評価の低い冒険者でも団に所属すれば仕事にありつける。依頼者側も仕事をまるまる団に投げれば、メンバーをそろえる手間も、欠員が出た場合の補充も全部任せられて安心である。勿論この間のバージステ砦の仕事のように大きな仕事に組織として参加すれば発言権が与えられ、ある程度自由に動く事が出来る。誰にとっても得であるから、名のある冒険者は大抵傭兵団や私設騎士団などという名前の組織を作るのが普通だった。

 ……だから、自分の実力も知らない雑魚が手っ取り早く名声を上げるために狙うのはそこまでの有名人ではなく、セイネリアのようにちょっと名が売れてきたもののまだ単独行動をするような『そこそこの有名人』という事になる。
 ただそういう、楽してさっさと名を上げたいなどと考える者で本当に実力のあるものはまずいない。大抵は他国でつるんで悪さをしてきた連中がクリュースにきて冒険者となり、さっさと名を上げようとしていつも通り集団で袋叩きにすればいいと襲ってくるパターンだ。

 特にセイネリアの場合、シェリザ卿の下にいたころから恐れられていてその後の仕事で更に化け物扱いであるから、いくら馬鹿でも首都に長くいるものでセイネリアを倒してやろうなんていう者は基本的にはいない。今回のような馬鹿者は、首都にきて間もない能無しの世間知らずばかりだ。

――まったく、実力がないならもっと頭を使うか人数を連れてこい。

 下調べもせず甘く見て、本気で勝つための準備をしてこない連中を相手にしても面白くもない。戦いにもならない敵はただ邪魔なだけだ。このところ冒険者間だけでも随分と有名になってきたからか、この手の馬鹿が仕掛けてくる事はよくあった。

 世の中馬鹿が多すぎる――セイネリアは不機嫌そうに顔を顰めると、事務局へとまた歩きだした。



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