黒 の 主 〜冒険の前の章〜





  【4】



『上級冒険者になった』

 ……と、エルに報告した時の彼の第一声は『マジか』で、その次は『そりゃめでたいじゃねーか』の声と共に酒場の店員を呼びつけて酒を頼む事だった。
 頭が痛かったのはその後で、酔って調子にのったエルが周囲の冒険者にもセイネリアが上級冒険者認定された事を大声で話しだして、結局集まった他の連中の分もセイネリアが飲み代を払う事になった。
 さすがに前回また失態を演じたエーリジャは今回はあまり飲まなかったものの、その分エルが酒場の連中を巻き込んで大騒ぎをしてくれたからセイネリアとしてはあまり嬉しくない事態になった。

 とはいえ、人付き合いが上手いところはエルの最大の長所であるから、ここで彼の顔を立ててやるのを無駄だとは思わない。懐は痛いが、これもまた投資だとは思うところで腹が立つ程の事ではなかった。

――しかし、上級冒険者か。

 考えれば考える程、随分早かったなという感想しかない。ただおそらく、魔法ギルドからの仕事が相当にポイントが良かったのだろうというのは想像出来る。あとは砦の仕事か。ただでさえ公的機関からの依頼はポイントが高い分報酬が控えめになるのが通常だからそのせいだろう。平民出の冒険者だと信用ポイントが上がりにくいのが普通なのだが、セイネリアの場合は貴族や魔法ギルドからの仕事が多かったせいでそこがネックになる事がなかったというのも考えられる。

「まずは、おめでとうと言っておこうじゃないか」

 薄暗い娼館の奥部屋、目の前の老女の言葉に素直にセイネリアは礼を返した。世話になっている分この情報屋の女ボスには出来るだけ早く報告しておこうかと思ったものの、昼は会えないと言われた事で夜遅く、エル達の後での報告になった。とはいえ、一度約束を取り付けに来た時にカリンには言っておいたから、ワラントはセイネリアが来る前に聞いてはいたらしい。顔を見た時からやけに上機嫌で、座った途端に祝いの言葉を掛けられたというところだ。

「順調にハクが付いてるねぇ、まったく大した坊やだよ」
「運が良かったというのもある、もう少しかかると思ったからな」
「運も実力の内さ」
「そうだな」

 言って出された酒に口をつければ、それがいつもよりいい酒だというのが分かってセイネリアも僅かに笑う。

「祝い酒はケチっちゃいけないからねぇ」

 くしゃりと顔一杯に皺を浮かべて笑う老女に、セイネリアは軽く杯を掲げてみせた。

「美味いさ、有り難い」
「なぁに、本当はもっと景気よく祝ってやりたかったんだがね」
「十分だ、どんちゃん騒ぎは性に合わない」

 そうすれば更に老女は特有のひゃっひゃっと喉を引きつらせるような笑い声を上げて、それから僅かに咳き込んだ。

「大丈夫か、婆さん」
「歳だからね、仕方がないさ」

 ワラントとは定期的に会っているしカリンから様子を聞いてもいるが、最近特に体調が思わしくない事はセイネリアも知っていた。ヘタをすると昼間に会えなかったのもそのせいだったのかもしれない。

「あんたにはまだくたばって貰っちゃ困るんだがな、俺としてはもう少しあんたの名が借りたい」

 ワラントの様子が大丈夫そうなのを見てセイネリアが言えば、長く女ボスとしてここにいる老女は楽しそうに目を細める。

「あまり老人をこきつかおうとするんじゃないよ」
「逆だろ、あんたが俺をこきつかってるんじゃないか」
「そりゃぁ若いモンなら当然だろ」
「つまり、お互いさまという奴だ」

 それでまたワラントは顔をくしゃくしゃにして笑う、今度は声は控えめで。セイネリアも笑ってやれば、老女は暫く黙ってから薄い笑みを浮かべたままセイネリアの顔を見てくる。

「……ところで坊や、騎士にはならないのかい? ナスロウ卿のとこで許可証は貰ってんだろ?」

 テーブルの上に手を置いていたセイネリアは、それで酒のグラスを手に持った。

「まぁな」

 言ってからその先の言葉を言わないために酒に口をつけたセイネリアに、それを分かっているだろうワラントの声が飛ぶ。

「迷ってるのかい? らしくないじゃないか。つけられるハクはつけとけきゃいい」

 酒を飲み干してから、空のグラスをセイネリアは見つめる。

「そうだな。騎士、という称号がメリットになるかデメリットになるか……そこを考えて、確かに少し迷ってる」
「デメリットなんてあるのかい?」
「ヘタに騎士なんて称号を持ってると、首に鎖をつけられたみたいで嫌じゃないか」

 少し冗談めかして答えれば、老女に鼻息であしらわれた。

「はん、ただの称号さ、少なくともこの国じゃね。あんたが貴族様じゃない限り」
「あぁ、分かってはいるん……だがな」



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