黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【137】



 睨んできた彼女をちらとだけみて、セイネリアも彼女から少し離れた場所に座った。

「いいか、腕力差がありすぎる相手の剣はまともに受けようなんて考えるな」
「受けろって言っておいて何よ!」
「このまま受けてたらだめだとすぐ分かったろ、なら別の手を取れ」
「例えば?」
「避けるでも、逃げるでも、受け流すでも、やれる事はあるだろ」

 それでヴィッチェはまた拗ねたように下を向いて黙る。

「あと、両手剣は止めろ。お前の腕力と装備で使うものじゃない」

 けれどそう言われるとまた顔を上げて怒鳴ってくる。

「煩いわね! 私は……」

 セイネリアはその彼女の顔を笑みもなく真っすぐ見つめる。それで彼女は口を閉じた。

「全身甲冑(プレートアーマー)なしで両手剣を使う場合は、防御も攻撃も剣一本が頼りだ、剣を落した時点で攻撃だけでなく防御手段も失う。そして攻撃面なら剣の重さで腕力以上の威力を出せる利点はあるが、防御面では腕力勝負に負けたら終わりだ、お前には向いてない。だからせめて盾を使え、盾なら腕力が上の相手の攻撃も受けようがある」

 勿論腕力で負けていても両手剣で勝つ方法はある。速さで圧倒して常に先手を取るか、どんな攻撃でも受け流せる巧さがあればいい。ただこれは単純に体を鍛えて腕力を上げるよりもずっと難しい。適正という才能がある上で、長い鍛錬と経験を経てやっと手に出来るものである。彼女はもっと早く強くなりたい筈だった。

「でも……ここまでがんばってきた……のに」

 言いながらヴィッチェは下を向いた。セイネリアは淡々と彼女に告げる。

「武器を変えても今の技術は無駄にならないぞ。とにかくいろいろ試して、他人のマネではなく自分にあった戦い方を探せ、強くなるにはお前の場合はがむしゃらに鍛えるよりその方が近道だ」

 ヴィッチェは下を向いたまま膝を抱える。ぎゅっと手を握りしめているのは、まだ決断し切れない未練があるからだろう。

「お前の体格は戦士としては不利だ。本当に強くなりたいなら自分の弱点を補って長所を生かすようにしたほうがいい。強くなりたいなら小さな拘りやプライドは捨てろ。お前はアジェリアンの背中を守るんだろ? ならそのために最大限の努力をしろ、お前のミスはお前だけでなくアジェリアンの命も危険に晒す事になると思え」

 言い切っても彼女は下を向いたままだった。これでも決断しきれないのは、彼女の拘りと、あとは頑固者の性格故か。セイネリア相手でも意地でも退かない、腕力で劣っても無理矢理受けようとする――意固地なまでに戦闘スタイルを変えずに向き合おうとする姿勢自体は嫌いではないが、だからこそその意地より大事なものがあるのに彼女は気付かないとならない。
 とはいえセイネリアが言う気があるのはここまでだ。後は彼女が納得して決断しないとならないところだろう。
 セイネリアは考え込む様子の彼女を暫く見てから立ち上がった。だがそれは、別に部屋に戻るつもりではない。

「……ところで、昨日の話だがな、お前達はどうするつもりだ」

 そう話をふればずっと黙って下を向いていたヴィッチェが顔を上げた。
 ザラッツは流石にこちらの固定パーティの面子にはだめな事を確認した程度だったが、その他の連中には全員自分の下で働かないかと声を掛けていた。当然、ヴィッチェ達アジェリアンのパーティメンバー全員にも声を掛けていたが彼女達の反応が良くなかったのは見ていた。

「皆で話したけど……やっぱり断ろうと思ってる」
「何故だ?」

 セイネリアが即座に返せば、彼女はぐっと一度唇を閉じたあとに言ってくる。

「だって……私たちのパーティーリーダーはアジェリアンなのよ。だからアジェリアンを待ちたいの。いい話があったからって勝手に冒険者をやめて領主様に仕えるなんて出来ないじゃない」

 まぁ予想通りの返事だな――とセイネリアは皮肉気に唇を歪めた。

「それがアジェリアンにとって迷惑でもか?」

 それにはヴィッチェの表情が変わる。驚いたように、不安げに、目を見開いて眉を寄せる。

「復帰を待っていると言えばアジェリアンは喜ぶだろう。だが、喜びはしても重荷にはなる。アジェリアンは自分が抜けたことでお前達の仕事が減ってる事を知っていて、だから今回の仕事で自分は行けないがお前達を誘ってやってくれないかと俺に言ってきた。アジェリアンは未だにお前達のパーティリーダーとしての重荷を背負ってる、いい加減解放してやれ」

 ヴィッチェは手を強く握りしめると下を向いた。
 セイネリアはその彼女から視線を外して周囲に声を掛ける。

「ネイサー、いるんだろ? お前にも言ってるんだ、出てこい」

 言えば、僅かに気配が動いて、ガタイのいい男が塀の影から姿を現した。
 実を言えば、シャサバル砦でヴィッチェがセイネリアを呼び出した時も彼がついてきていたのは知っていた。それなら今回もいない筈はない。

「俺たちは……いつでも居場所はここにあると、それをあの人に示しておきたいんです」

 こっちも予想通りの返事だと思いながら、セイネリアはそれを鼻で笑ってやった。

「大丈夫だ、今のアジェリアンならそんなモノを示してやらなくてもちゃんと復帰する。だがそれをお前達のためにと焦らせるより、アジェリアンが自分自身のために納得できるところまで戻せるのを待ってやれ。少なくともお前達が仕官したと聞けば奴は安心するだろ。それに……アジェリアンだが、あいつの性格では自由な冒険者よりそれなりの地位で人をまとめる立場のほうが似合うと思わないか?」
「それって……どういう意味?」

 その言葉の意図は、ヴィッチェよりも先にネイサーが理解した。彼の沈んでいた表情はみるみる内に明るくなっていく。

「お前達が先にナスロウ領で地位を確立していればアジェリアンを呼びやすいだろ。奴が復帰した時、奴に見合った地位をお前達が用意しておいてやれるようにしておけばいい」

 そこまで言えばヴィッチェも理解して、彼女の表情もぱっと明るくなる。

「勿論、奴が復帰するまでヘタに言うなよ。あくまであいつが復帰した時の選択肢の一つとして用意してやればいい、実際選ぶのはアジェリアン本人だ」

 それにはヴィッチェが笑って言ってくる。

「分かってるわよっ。……でも……うん、確かにそうね……ありがとう」

 最後は立ち上がって、彼女にしては珍しく素直に頭を下げてくる。
 そこへネイサーもやってきて、彼も深くセイネリアに頭を下げてきた。




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