黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【136】



 グローディ卿の屋敷の場合、守備兵達の訓練なら主に正面門前か街外に出る事になるが、領主の身内やザラッツは中庭を使う。先ほどディエナに会った時に許可は取っておいたから、セイネリアはそのままヴィッチェを連れて中庭に出ると外廊下から見えにくい奥の方へ来た。

「どうせ暇だからな、一本とは言わずある程度気が済むまでは付き合ってやるぞ」

 言うとヴィッチェはこちらを疑わし気な目で見てくる。

「へー……あんたにしちゃ随分付き合いがいいじゃない。てっきりいつも通り、さっさとやってさっさと終わりにするぞっていうかと思ったわ」
「今日は時間があるし、相手がお前ならいくら付き合っても疲れないからな」

 軽く笑っていた顔がそれでいつも通り顰められ、彼女は乱暴に剣を抜いた。

「……やっぱりあんたってそういう男よね」

 ヴィッチェの得物は両手剣だ。体格的に合っているとは言い難いがアジェリアンを目指したからだろうというのは容易に予想が付く。

「で、準備はいいの?」
「あぁ、好きにきていいぞ」

 セイネリアが一向に構えないのにしびれを切らしてそう言ってきた彼女は、返事をきくとすぐに向かってきた。
 最初は様子を見るように、大振りをせずに軽く剣を切り返す程度の動きだけでこちらに斬りつけてくる。勿論それはあっさり剣で受けるどころか弾き返してやったが、向うもそれは想定済みだったらしく、上体を逸らす程度で耐えてその場に踏みとどまった。

――成程、鍛えたのは嘘じゃないか。

 けれど今は引いた方が良かったろ、と思わずセイネリアは眉を寄せる。体勢が崩れたのなら敵の剣が当たる位置にいるのは逆に危険である。だからその隙にセイネリアが剣を下せば、ヴィッチェもそれは分かっているようで剣身を横に倒して受ける。とはいえ体勢的にも、腕力差的にも、その状況でセイネリアの剣を彼女が受けきれる筈はない。
 だが彼女はそこで左手を柄から離して刃を持ち、どうにかセイネリアの剣を受けきった。当然セイネリアはかなり力を加減はしていたが、それでも受けたのはたいしたものだ。

「この馬鹿力っ」
「五分の力も入れてないぞ」

 ヴィッチェがこちらに蹴りを入れてくる。迷わず股間を狙ってきたから笑ってセイネリアはそれより早くこちらから相手を蹴り飛ばした。彼女の体が地面に転がる。それでもすぐ立ち上がって、一歩引いてから剣を構える。

「女を蹴るなんてサイテー」
「こういう時に女も男もないだろ」
「分かってるわよっ」

 言うと同時にまた突っ込んでくる。今度はこちらの左側へ回り込んでこようとしたから、セイネリアはわざと反応せず好きにさせた。左から回り込んだヴィッチェが一度足を止めて踏み込む、そのままこちらの背後に向けて剣を下そうとする……が、それに合わせてセイネリアが体を捻って回し蹴りを入れたから、彼女の体はまた地面に吹っ飛んだ。

「2回も蹴るなんて、やっぱ優しくないわあんた」
「ソレを本気で言ってるなら剣で冒険者なぞ辞めてしまえ」
「……分かってていってるだけじゃないっ」

 今度は勢いをつけて突きを狙ってきたから、セイネリアは剣を振り下ろして彼女の剣を上から叩き落とした。

「……っツゥ」

 今のは割合力を入れたから手には相当の衝撃が返った筈で、案の定ヴィッチェの動きが一瞬止まる。ただ剣は落とさない。それには感心するが同時にふとした疑問もわく。だからセイネリアは少し意地の悪い笑みを唇に乗せて彼女に言った。

「ちゃんと受けろよ」

 言われて反射的に彼女は構えた。セイネリアはわざと相手の剣に向けてまた剣を振り下ろす。受けられたらすぐに剣を引いてまた振り下ろす。右上から左下、左上から右下へと交互に、相手を斬るためというよりわざと相手の剣を叩くように剣を振る。
 4回目までは彼女は歯を食いしばって剣を受けた。
 だが5回目に彼女は剣を落した。

「馬鹿か、なんでいつまでもまともに受けてるんだ」

 セイネリアが剣をヴィッチェの目の前で止めると、彼女は顔を赤くして怒鳴ってきた。

「あんたが受けろっていったんじゃないっ」
「別に馬鹿正直に受けなくていい、腕力差的に受け続けたら絶対剣を落す事になるのは予想できてたろ、それならそれをどう回避するか考えろ」

 言えばヴィッチェは悔しそうにこちらを見て唇を尖らせたものの、黙ってその場に座り込んだ。

「続けるか?」
「もういいわよっ、なんかいろいろ差があり過ぎて勝負にならないのは分かったしっ」

 やけくそ気味にそう怒鳴ってきたヴィッチェだが、声のトーンを落とすと呟くように言ってくる。

「……分かってたけど、まだあんたの剣を受けるには早すぎたわね」

 実力差にやる気を失ったかと思えば『早すぎた』か。それならまだ見込みがあると、セイネリアは喉を鳴らしてまで笑ってしまう。

「何よ、弱くて相手にならないって笑ってるの?」
「いや。……確かに弱くて全く相手にならなかったが、いくつか見直したところはある」
「……何よ?」

 不貞腐れていたヴィッチェだが、それには顔を上げた。

「迷いなく真っ先に急所狙いはアリだな。……まぁ、練習相手になっただろう連中には同情するが」
「そうね、悶絶してたわね」

 セイネリアはそこで喉を鳴らす。おそらくはデルガかラッサ辺りが犠牲になったのだろう。

「剣身を持って受けたのも悪くない。基本逃げずに耐えて向かってこようとするのもいい……が、相手によりけりだな。俺とだと腕力差があり過ぎて、多少工夫したくらいじゃ無意味だ」
「なら、どうすればいいのよ」




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