黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【135】



 ディエナ達が首都から帰って、改めてザウラとグローディが同時に今回の件に関する同意書を正式発表したところでセイネリア達の仕事は終了となった。
 セイネリアがならさっさと帰るかと言ったところ、ザラッツに恨みがましい目で睨まれて、せめて最後に礼としてのもてなしくらいさせろと言われ――勿論ディエナやスオート、それにヴィチェ達にも引き止められて――グローディを発つのはそこから二日後にする事にした。

 セイネリアがディエナに提案したのは、今回の件を解決したのを全てザラッツの手柄にすることと、ザウラ側から次の騎士団北東支部の隊長にザラッツを推してもらうということで、これについては事前にスローデンとは同意が取れていた。
 だから二人はその通りに王に言ったのだが、ザラッツが近々ナスロウ卿となる事を知ると、王はザラッツに更に褒美を付け加えさせた。

 新たにナスロウ卿となるザラッツには、領地として現在ザウラの北にある国境村地区と、今回の責任を取る形でザイネッグの村をザウラから取り上げて与える事とする。それに伴って騎士団北西支部は解体し、建物は領主の館として改装してザラッツに与える――という内容だ。
 もしかしたら、騎士団側の失態を隠蔽出来る範囲で被害を抑えてくれた事で、ザラッツに対する評価が高くなったのかもしれない――とセイネリアとしては邪推するところである。

「ナスロウ卿の名を名乗るだけでも気が引けて仕方ないのに、領地など……全部貴様のせいだ」

 そういえばこの男とマトモに飲んだことはなかったなと思いながら、セイネリアはその夜行われた労いの宴でずっとザラッツの隣に座らされて愚痴を聞かされていた。ちなみに彼の反対側の隣にはディエナがいる。彼女は当然飲むことはないが、ザラッツに酒を注いでは普段まず見る事のない真面目過ぎる騎士の本音の姿を楽しんでいるようだった。

「俺を恨みたいだけなら好きに恨んでくれていいぞ。それでも喜んで受けてきたんだろ?」
「当たり前だ、王からの褒美だ、あそこで辞退など出来る筈がないっ」

 結論から言えば、王はセイネリアが思っていたより頭が良かったらしい。セイネリアは今後ザウラを見張る意味もあってナスロウ卿となるザラッツを騎士団北東支部のトップに据えることを考えた。だが王は壊滅状態の騎士団支部を立て直すより、どうせ空いている国境村地区と共にザイネッグ村ごと褒美としてザラッツに与え、まともに使えそうな男である彼に管理責任を押し付けた訳だ。
 もともと北東支部の中身のなさは囁かれていた分、この際に取り壊すというのは中々に英断だ。ついでにこれなら騎士団上層部の連中が文句をいう余地もない。
 更にはそんな辺鄙な場所なら英雄と持たはやされても首都方面に影響は出ない、というところまで計算しているのだろう。

「そもそも今回、俺は殆ど何もしていない。ザウラ卿の屋敷でも……結局俺がいなくても貴様達だけで助けられたんじゃないか……それで祭り上げられて英雄のふりをしろなどと……どれだけ貴様は俺に恥をかかせたいんだ……」

――分かってるじゃないか。

 この男の評価出来る部分は、自分を過大評価しないところだ。
 実際、もし彼があの場にいなかったとしてもディエナを助けられたかといえば助けられたとは思われる。彼があの場にいる必要はなかったかもしれない、だが彼の覚悟が見られた。セイネリアにとってはそれだけで十分意味はあった。

「いえ、ザラッツ様が讃えられるのは当たり前です。病床ににあらせられる領主様の代わり、ザラッツ様でなければ誰も務められませんでしたっ」

 そこで話に割り込んできたのはディエナの更に向うに側に座っていたレッキオだ。彼はディエナもザラッツもいなかった間、ザラッツの代わりにキエナシェールを守る責任者に抜擢されて相当に大変だったらしい。軍が帰ってきた時、見て明らかにやつれていたのを見ればその負担は一目瞭然だった。

「私などっ、一時的にでさえザラッツ様の代わりは到底無理で……」

 言いながらレッキオは泣き出した。彼も相当に酔っているらしい。あまりのやつれ具合とほっとした様子を見たからザラッツが彼にも宴に参加するように言ったのだが、先ほどからザラッツの話に頷いては泣いていて正直うっとおしくはある。

「いや、いわれるような大層な事はしていない。所詮俺に出来る事など平時の処理だけだ、イレギュラーに対応出来ないのは変わっていない……」

 そうしてその上官であるザラッツはそれ以上に酔っている。
 原因の一つはディエナがどんどん酒を注いでいるのもあるのだが、彼の場合すべてが終わった安堵による気のゆるみと、新たな責任へのプレッシャーが合わさって少々タガが外れたのだろう。セイネリアとしては酔って言葉遣いに気を使う余裕もなくなったこの男の本音に興味があるから今日は大人しく付き合ってやるつもりでいた。





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